海鮮玉
周囲の視線がないことに安心して、メニューに手を伸ばした。
豚玉、エビ玉、チーズ玉、海鮮玉、もち玉
他にもいろいろあった。名前から想像すると、どれもおいしそう。
メニューに写真が付いていた。けれどどれも焼く前の写真で、ステンレス製のボールにキャベツや水に溶かした小麦粉、具などの材料が山盛りに載っているもの。いまいち食べる時のイメージが湧かない。だから名前から推測するしかないみたい。
無料券を見ると、特に商品の値段の制約はないみたい。高いもんじゃは差額が必要なのかなと心配したけど、気にしなくて良さそうだった。
私は海鮮玉に決めた。
「涼くんは何にする?」
「僕は特にいらないけど」
あっ、そうでした。
彼はアンドロイドなので、食事は不要だった。食べることは出来るけれど、食べ物を焼却するために余分なエネルギーが必要になるので、食べた方がバッテリーの減りが速くなる。人でいうと体力が落ちるという人間と反対の性質。
2人で座っていて、1人だけしか食べないのって、周りの人から見たら、変に思われないかしら?でも、このお店の雰囲気ならば、大丈夫そう。
手を上げて店員さんを呼んだ。
エプロンを付けた若めの男の店員さんが、小さなメモ帳みたいなものを片手にやってきた。
「海鮮玉を一つ、お願いします」
「以上で?」
「はい」
ちょっと無愛想っぽい店員さんは、それだけ言うと厨房へ引き返した。
しばらくすると、こぼれないの?と思うくらいキャベツと海鮮が山盛りになった金属製のボールを店員さんが持ってきた。キャベツの隙間から出汁に溶いた小麦粉と卵がちょっと見えた。
「作り方、分かりますか?」
一応調べてきた。それに折角だから自分で作ってみたいという気持ちもあった。もし分からないと言えば、この店員さんが作ってくれそうな流れなのだけれど。
「はい、分かります」
と答えて、自分で挑戦してみた。
熱した鉄板の上に、キャベツを丸くドーナツみたいに置く。小麦粉を溶かした出汁が液体過ぎるから、キャベツの堤防で溢れないようにするらしい。
海鮮はどうしたら良いのかしら?
エビとイカとホタテと、何かの魚の切り身。生ものだから火を通すために先に焼いた方が良いかもしれない。それらを丸く囲ったキャベツの堤防の真ん中に置いて、軽く火を通すと、ほんのり良い香りが漂い始めた。それから生地となる小麦粉を溶かした出汁と卵をかき混ぜて、その上にかけた。
水分がお好み焼きより多い。だから、固まらないんだ。
確か、固まる前にドロドロ状のまま食べると書いてあった気がする。何でドロドロ状のまま食べると書いてあったのか不思議だったけど、こういう理由だったのね。固まるまで待っていたら、キャベツや具が焦げてしまうから。
それなりに火が通ってそうなところを、箸で摘まんで食べた。
美味しい。すごく美味しい。これ、出汁がしっかり効いている。
こんなに美味しさを人と分かち合いたいと思って、涼くんにも改めて勧めてみた。
「本当に美味しいです。ちょっとだけでも、食べてみない?」
「僕は味が分からないから」
「そうなの。なんかもったいないね。試しに食べてみて、目覚めるとかはない?」
「ないない。元々味覚の機能が無いから。僕に遠慮しないで、ゆっくり味わって食べて」
「別に遠慮している訳ではなくて、美味しいから、涼くんも味見だけでもどうかなと思って」
「ありがとう。でも、好みは人それぞれだから。僕の好みの電気は、電圧、電流が安定しているものなんだけど、それを比呂美さんに勧めても、困っちゃうでしょう?」
「まぁ、そうだけど」
涼くんはアンドロイドだから味覚がないというのは仕方がないけれど、でもこの美味しさを経験できないのは、何かすごく損な気がした。
他にもいろいろと美味しいものはあって、私は基本食べるのが好き。その点、普通の女の子。自分で自分のことを少し変わっている、標準から少しずれていると思っているけれど、食べるのが好きという点では、普通の女子高生と同じと思っている。
二口、三口と食べて、満足感が口の中から体全体に広がる感じ。パクパク食べて、ふっと思った。
食欲が無い、ってどんな感じなのだろう?
そして
食欲が無かったら、他の欲求って何かあるのかしら?
例えば、睡眠欲とか。人間が生物として本能的に持っている欲求を、どこまで彼は持っているのかしら?
そんなことを考え始めると、彼のモチベーション、アンドロイドだからこう言うのは変だけど、生きるという行動の元になる欲求、欲望のようなものはあるのかな、と知りたい気がしてきた。
「涼くんは、食欲以外に何か欲求や欲望みたいのって、ある?例えば、睡眠欲とか」
「いや、全く無いよ」
「全く?では、どういう基準で動いているの?」
「さぁ、以前の記憶がないから、はっきり分からないけど、多分、人のサポートをすることだと思う」
「サポート?」
「誰かの支持で動いたり、誰かの手伝いをしたり、誰かの仕事を代理で行ったり。元々誰かの役に立つ目的で作られたはずだから、自分の意志でこういうことをしたいということは起こらない」