停戦
翌日起きると、宿泊所の外が騒がしい。みんなが興奮気味に話している声が聞こえた。
「停戦だ、停戦」
皆が口々に叫んでいた。
誰かが宿泊所に持ってきたラジオで、アゼルバイジャン政府とアルメニア・アルツァフ政府が停戦で合意したと、繰り返し放送していた。
えっ、本当に?
急に体が軽くなって、ワクワクする気がした。つまり、嬉しかった。そして、安心した。
今まで張り詰めていた緊張の糸が、一気に解れた。
良かった、本当に良かった。もうこれで人の死に遭遇せずに済む。
身支度を整え宿泊所から外に出ると、正規軍の兵士も民兵も皆、持ち場を離れて、浮き足立っていた。中にはビールを開栓してお互いに掛け合っている兵士もいた。
じゃ、停戦は本当なんだ。
私は同じ民兵団の人に声をかけた。
「停戦って、本当?」
「ああ、本当だ。あの連れにも、伝えてやれ」
彼は私の肩を抱いたので、私も抱き返した。
宿泊所に戻り、男のエリアを覗いたけど、ESは見当たらなかった。
あれっ、どこへ行ったのだろう?
私は宿泊所の周囲を探したが、見当たらなかった。少し離れて、隣の建物の周りを一回りしてみたが、いない。
もしかして、ちょっと出歩いて迷子になった?
私は基地の隅々まで探し回った。ここで見失うと、永久に会えないような気がしたから。
その時、基地のゲートに向かって歩く人影が見えた。ESの後姿だった。
彼は基地から出て行こうとしているみたいだった。
「ちょっと待ってー、ES」
彼は立ち止まり振り向いた。やっぱりESだった。
息を切らしながら走り、やっと彼の元までたどり着いた。
「何で出ていくの?」
私がハァーハァー言いながら聞くと、彼は言葉を探しているようだったが、目にうっすらと涙を浮かべていた。
「僕はもう帰らなければならないから」
「だから、空港まで送ってあげるよ」
首を横に振りながら、彼は続けた。
「うんん。迎えが来ることになった」
「迎え?」
「そう」
「あなた、そんなに偉い人だったの?」
「偉くはない。ただの試作品」
「試作品?」
言ってる意味がよく分からなかった。
それよりも先に停戦になったと知らせてあげなくては。そうすれば、急いで帰る必要もなくなる。
「停戦になったって、聞いた?」
彼は特にうれしそうな素振りでもなく、驚いた風でもなく、全く無反応だった。
顔を覗き込むと、彼は私の手を握った。
「もし、君が良ければ、一緒に日本に行こう」
「えっ、今?いずれね」
「いや、今すぐ」
「何言ってるの?そんなの無理に決まっているじゃない。こっちの混乱も収まっていないし、第一パスポートも持ってないし」
「でも、ここは危ない。早く逃げる必要がある」
「まだ聞いてないのね。もう停戦になったのよ。だから、攻撃されることは無いわ」
「もう時間がない。この基地は攻撃対象だから、巻き込まれる」
にわかには信じられないし、彼は何かを勘違いしていると思った。