さようなら
そんなことを考えながら、涼くんと自宅のアパート前に着く。
ふと見ると、さっきの外人の女の子が道端に立っている。
「あれっ、さっきの子」
参道から私の家まで、そんなに遠くない。また、この辺りではかなり大きい第2公園へ行くには、住宅街の中を通って行く必要がある。
彼女も公園に行く途中なのかもしれない。
特に社交的という印象ではなかったから、私は声をかけずにアパートの階段に向かう。
階段を上りかけて、後ろに涼くんがいないのに気付く。
周りを見ると、涼くんは外人の女の子の前で立ち止まっている。
階段を降りて、涼くんの側まで行く。
「知り合いですか?」
さっきは、知らないと答えたはずだけど。
涼くんは立ち止まったまま、何も答えない。
外人の女の子が歩き始めると、彼も一緒に少し後ろを付いていく。
「涼くん、どこか行くのですか?」
すると、彼女が彼の耳元で何かを小声でささやく。わずかに聞こえたけど、外国語。
涼くんは無表情に振り向く。いつも表情は乏しいけど、でも今回はいつもと違って、全く生気がない。
「比呂美さん、僕は行かなければなりません。今までありがとう。さようなら」
一瞬、何を言っているのか分からない。
それから、頭の中で何度も今のセリフを繰り返し、涼くんが私の元から去ろうとしていると分かる。
えっ、何で?
理由は?
「ちょっとだけで良いので、待って下さい」
つい手を差し出すが、届く距離でもなく、彼らは私を全く気にせずに、そのまま歩き去る。
へなへなと力なく、私はその場に倒れ込む。
全く理由が分からない。
あの子は、一体誰?
涼くんは知らないと言っていたけど、嘘をついた?でも、そんな様子には見えなかった。
二人の後ろ姿が、角を曲がり、見えなくなる。
私は追いかけた方が良いのだろうか?
でも、それでは典型的な三角関係で、私にそんな資格はあるのだろうか?
考えてみると、私は涼くんにひどい扱いをしていたかもしれない。毎晩、狭い押し入れに閉じ込めていた。
口では不満を言わなかったけど、本当は嫌だったのかもしれない。
こんな当たり前のことに気付かないなんて、自分が情けない。
他にもいろいろ思い当たることはある。
本当だったら、私一人でしなければならないことに、彼を巻き込んだことが何度もあった。
彼の強さに依存して、いつしかそれがあって当たり前のように思い込んでいた。
もともと、特に何の取り柄もない私なんかが、涼くんのような頼りになって、たくましくて、強くって、見た目もかっこ良くて、そんなパーフェクトの人と、釣り合いが取れるわけが無かった。
こうなることは、必然だった。もう諦めよう。
それに、どうせ涼くんはロボットだから、本当に付き合うことは出来ない。
ロボット?
彼がロボットだというを忘れていた。
そういえば、あの外人の女の子と一緒の時の涼くんは、少し挙動が怪しかった。
立っていた時は完全に静止していた。
まるで機械そのままみたいに。
もしかして、私の知らない何か事情があるのかもしれない。
少なくとも、その事情の有り無しは知りたい。
もう一回だけ、最後のチャンスはあっても良いはず。
それで、涼くんの意思として、私と別れるというのなら、もう諦める。
だから、最後の一押しはしよう。