不老不死の石
祠の中に何かある。黒っぽくて、外からでは何かわからない。
単純な興味から、覗いてみるが、暗くて見えない。
「ちょっと失礼して」
私は祠を開ける。と、中にあったのは、ただの石。直径10cm位で、何の変哲もない普通の石。ちょっとギザギザが多く、ごつごつしている感じ。
私はその石を手に取ってみようと掴むが、祠から離れない。
「あれ、くっ付いているのでしょうか?」
でも、引っ張ると少し手前にずれる。くっ付いている訳ではない。
あっ、むちゃくちゃ重いんだ。
両手で持ち、腰を少し落として、持ち上げる感じで引っ張り出し、両腕で抱え込む。
「おもーい。何で?」
直径10cm位の石なのに、20kgは優に超える。
突然涼くんが、弾けるように、私から飛び離れる。
「僕、その石、苦手」
「何で?」
「それ、強力な磁力を出している。あと、ガンマ線も少し」
「だと、どうなるのですか?」
「磁力は、アンドロイドには大敵なんだ。電子部品が狂う」
「人間には、どうでしょうか?」
「強力な磁力は血行を良くするから、健康に良い。少量のガンマ線は遺伝子の破損を修復する」
なんとなく両腕やお腹がジワジワ温かくなってきた気がする。足が疲れた時とか、足に置きたい。一気に疲れが取れそう。
その時、ふっと思いつく。
そうか!これが道鏡の不老不死の秘宝なんだ。
きっと、昔の人はこれで疲れが取れたり、軽い病気が治って、磁力やガンマ線の知識なんて無いから、不老不死の秘宝と呼んだんだ。
目の前の立て看板を見る。
そこには、堂々と”道鏡の秘宝”と書いてある。
京都の地下に潜って、からくり迷路を通過したり、大蛇と闘ったりする必要は無かった。
ヤタガラスが捜していたものは、こんな簡単に手の届く所にあったんだ。
さらに立て看板を読むと、ご利益として開運とある。
「健康増進なら分かるけど、開運は、ちょっと違うかもしれませんね」
涼くんは、ずっと離れた所から遠巻きに見ているまま。
「きっと、火山岩などの地中深く岩石を、道鏡が見つけて、孝謙天皇の病気の際に使ったのだろう。まるで道鏡が病気を治したように見えるけど、実際はこの石のおかげだったんだ」
「私も、そう思いました」
2人で、しみじみと石を見つめる。昔は価値があった摩訶不思議な不老不死の石。でも、今の知識からすれば、ちょっと磁力の強いただの火山岩。
「これ、どうしましょうか?」
彼に抱えている石を示すと、見るのも嫌そうに顔をそむける。
「元の場所に、戻しておいて」
「そうですね。私たちが持って帰っても、役に立ちそうもないですし」
私は、また腰を下ろして、石をよいしょっと祠に戻し、扉を閉める。
空き地では、地元の子供たちがキャッキャと遊びまわっている。
この子達は、こんな貴重なものが、すぐ身近な手の届くところにあるとは知らないだろう。本当はすごく恵まれた環境なんだよ、と思わず伝えたくなる。
再び、元来た道を駅に向かう。
この石は、このまま誰の手にも渡ることなく、このままこの公園の隅で、ひっそりと祀られててほしい。
彼がすぐに分かった位だから、現代の科学で調査すれば、すぐに道鏡の伝説のネタは分かってしまう。でも、それじゃ面白くない。
やっぱり、歴史の謎は歴史の中に埋もれていたままの方が、ロマンがある。
私はわざわざ、そのロマンを壊そうとは思わなかった。