帰宅
涼くんは天上さんを草むらに放り出す。
「そろそろ、起きろ。いつまで寝てるんだ」
肩を揺らすと、天上さんは目を覚まし、ハッと周囲を見渡す。
ここが地上で、もう大蛇の心配がないと分かると、ふぅーと肩を撫で下ろす。
うつむきながら、目は合わせない。
私達にとって、彼は誘拐犯の親玉だし悪い人なんだけど、足を怪我していて動けないし仲間もいない。足に大きな噛み跡があり、出血している姿はとても痛々しい。
「大丈夫ですか?」
声をかけると、天上さんは驚いたようにこっちを見る。初めて目を合わす。
見た感じは全然普通の人。スーツを着ているし、このまま電車に乗れば、通勤中のサラリーマンで十分通る。
「まあ、どうとか」
と、困惑気味にちょっと照れくさそう。
「また、肩に乗せて行こうか?」
涼くんが言う。
私は担がれると歩かなくて良いから楽なんだけれど、私の体重が涼くんの肩に接するお腹の一点に集中するので、かなり痛い。
「私は、もう大丈夫だから、歩きます」
涼くんは天上さんの方を向く。
「片方の肩、貸してやる」
天上さんは涼くんの右肩に掴まり、片足を引きずりながら、歩き始める。
ここはちょっと小高い山の中腹なので、歩くにつれて、少しずつ下っていく。
涼くん一人に担がせるのが悪い気がして、私も天上さんに肩を貸す。
しばらく3人で無言で歩いていたけれど、天上さんが口を開く。
「本当、申し訳ない。この償いと礼は、いつか」
「いえ、そんなこと、なくて良いです。気になさらないでください」
そうは言ったけど、私は人里に着いたら、警察に電話しようか迷っていた。一応、誘拐されたんだし。
でもそうすると、涼くんのことをどう説明するか難しい。いや、説明できない。2人を肩に乗せて洞穴を走って来たのだから、不思議がられる。
でも、天上さんの仲間がまだ残っていて、また私を誘拐するかもしれない不安もある。
「それではこちらの気が済まない。今後、何か困ったことがあったら、何でも言ってくれ」
「いえ、お気持ちだけで、十分です」
少なくとも、もう私達に危害がおよぶようなことは無さそう。
だから、警察に電話するのは止める。
「お母さんに連絡を入れないと心配しています」
携帯をかけようと思って、ポケットに手を入れ、携帯が無いのに気付く。
そうだ、誘拐された時に、能面の一人に取られたんだ。
お母さんへの連絡は、また後で考える。
しばらく歩いて、舗装されていない山道に出る。うっすらと車の轍の跡がある。
その山道沿いに山を下り、舗装された道に出て、さらに道沿いに歩く。
通りかかった軽トラックの人に、救急車を呼んでもらう。
設定は、私達は通りかかったハイキング客で、怪我した人を見つけた、というもの。
到着した救急車に天上さんを乗せる。
走り去る救急車を見送ると、急に現実に引き戻される。
「どうやって、帰りましょうか?」
「天上さんに、交通費、借りとくべきだった」
「うーん。でも、それ、ちょっとみっともなくないでしょうか?天上さんの言ってた困った時って、もっと重たい意味だと思います」
「そうだね」
今までのハードな出来事と比べると、埼玉まで帰るくらい別に大したことなく思える。
「まあ、どうとかなります。きっと」
それから、親切な人に電話を借りて、お母さんに電話して、京都まで迎えに来てもらう。
こっちの友達に会いに来て、迷子になって、お財布も携帯も落とした設定。
怒られるやら、あきれられるやら、まあ、当然の反応。
結局、今日は誘拐された翌日の土曜だった。
涼くんは、ヒッチハイクして帰ると別れ、その翌日、私の家に着いた。