大蛇
「お前たち、もしかして、道長の秘宝を知らないな。じゃー、教えてやろう。藤原道長の究極の秘宝、それは不老不死の力を持つ秘石だ」
「不老不死の秘石?」
「そう。栄華を極めた道長でさえも、よる歳には勝てず、老いさらばえる。その恐怖から逃れるために、道長が日本中、いや世界中に使者をだし探し求めたもの。それが不老不死の石だ。それがここにあるはずだ。早く出せ」
「そんなもの、持ってないよ」
涼くんは、両手を広げて、ボディーチェックを受ける真似をする。天上さんが涼くんの体をサッと調べて、無いと分かると、今度は私の体も調べる。それでも無いと、私たちに興味を失くし、他の所を調べ始める。
もう私たちは、眼中にないみたい。
わざわざ、私を埼玉から京都まで誘拐してきたのに、宝の場所が分かって、かつ目的の石を持っていないと分かると、あっさりと興味を失くすなんて。
ちょっと拍子抜け。
この人にとっては、人間関係より重要なものがあって、その価値観で動いている人なんだ。
私とは、全く別世界の人。
「私たちは、どうしましょうか?」
「何か巻物だけもらったら、帰ろう」
天上さんと、2人の能面の邪魔にならないように、部屋の中の奥の方で、何か価値のありそうな書き物を探そうとした時。
シューと後ろで、聞きなれない音がする。
振り返ると、巨大な爬虫類が御堂の正面扉から、ヌーッと顔を入り込む。口の先から真っ赤な2つに分かれた下をチロチロと出していて、それがシューっと音を出している。
その顔の幅、約1mくらい。
外を見ると、直径1mくらいの巨大な白い管のようなものが、御堂の周りを取り囲んでいる。それは巨大なヘビ、白い大蛇。
さっきまでは御堂は水銀のお堀に囲まれていたから、お堀の外からは、どんな生物も侵入できなかった。けれど、今見ると、お堀に木の板が掛かっていて、そこで御堂が外界と繋がっている。
「彼らがかけたお堀の橋を伝って、ヘビが入ってきた」
「あんな大きなヘビ、いるのですか?」
「ここの守り神?」
大蛇は、突然、能面の1人に頭からかぶり付く。一瞬で、胴辺りまで口に飲み込まれ、ほとんど抵抗する間もなく、あっという間に飲み込まれる。
大蛇の胴体に膨らんだ箇所ができて、それが少しずつ後ろに移動する。大蛇が伸びをすると、ポキポキポキと不気味な音がする。きっと、さっき飲み込まれた能面が、大蛇の中で押しつぶされ、体中が骨折したのだろう。
もう一人の能面と、天上さんは茫然と立ちすくむ。
大蛇は御堂の中へさらに頭を突っ込み、もう一人の能面に襲いかかろうとする。
銃を取りだし、大蛇に向かって撃つが、全く効果が無い。ちょっとうろこが凹んだのが分かる程度。
大蛇は能面の片足にかぶりつき、飲み込み始める。そのまま胴体まで口にすると、不自然に折れ曲がったもう一方の足を飲み込む。
「助けてくれー」
大蛇の口から片手を伸ばしながら能面が叫ぶが、次の瞬間パクッと丸呑みする。
のど元から膨らみがゆっくり蛇の胴体の後ろの方へ移動して、グイグイっと伸びをすると、ポキポキっと音がして、ちょっと膨らみが小さくなる。
「早く逃げよう」
涼くんが私を抱きかかえて、連子窓から御堂の縁側に出る。屋根にジャンプしようとした時、天上さんが大蛇に片足を噛まれているのが見える。
彼は必死に銃を大蛇に向けて発射するが、大蛇はびくともしない。
「あの人、助けてあげてください」
「えっ、僕たちの誘拐犯だよ」
「うん。でも、このままだと、ヘビに食べられちゃう。見捨てていけないです」
彼は、私を縁側に下すと、また連子窓から御堂の中に入る。
つかつかと大蛇の顔に近づくと、片足で大蛇の下あごを押さえ、手で上あごを持ち上げる。
「早く逃げろ」
天上さんは足を大蛇の口から抜く。太もも辺りにガッチリ噛み跡がついて、出血している。
涼くんは大蛇の顔を蹴ると、大蛇の頭は宝物をなぎ倒し、御堂の壁に当たる。
天上さんはよろよろっと数歩歩くと、倒れてしまう。
「しょうがないなー」
涼くんはそう言うと、天上さんを抱きかかえ、連子窓から縁側へ押し出す。それから、自分も縁側へ来て、私と天上さんを両肩に片手で抱きかかえて、御堂の屋根にジャンプする。
大蛇が御堂から頭を抜き、鎌首を持ち上げ、御堂の上をにらみ、シューと口先から真っ赤な2つに分かれた舌を出す。
その舌を見ると、生きた心地がしない。
「2人担いでいると、バランス取るのが難しい」
涼くんは御堂の斜めになった屋根の瓦の上で、足場を探す。その間に、大蛇が鎌首を御堂の屋根に近づけてくる。
この空洞に入ってきた穴は、御堂の屋根から約10mほど斜め上にある。
太田市の林の経験から、私一人なら涼くんは抱きかかえてジャンプできる。でも、今は二人で、私ともう一人は大人の男の人で、体重だって重い。
もしかして、ジャンプが届かない?そうすると、大蛇から逃げられない。
急に不安になる。
そうこうしているうちに、大蛇の頭が御堂の屋根に近づいて来て、動きが止まる。でも、赤い舌はチョロチョロさせる。
でも、よく見ると、ゆっくりこちらに近づいてくる。
これ、食べようと、距離やタイミングを見計らっている?