レーザー
周囲は静まり返り、私の息づかいしか聞こえない。能面の人たちはどこに行ったのだろう?
歩いていると、足元でピッと小さな音が鳴る。音の鳴った方を見ると、ピンクの光線を私の足が遮っている。光線は、床の壁際の小さな箱から出ていて、その箱から少し離れた所の三脚までケーブルが繋がっている。
「危ない」
涼くんが私に飛びかかって、二人で倒れ込むと、すぐその上を赤い光線がかすめる。でも、こっちの光線の方がもっと濃く、当たった壁面が赤く焼けただれ、同心円状に溶けている。
「工業用レーザー?何でこんな所に?」
彼が不思議がる。
起き上がろうと手を付くと、今度は手にピンクの光線が。はっと手を引っ込める。
すぐにレーザーが私をめがけて飛んでくる。彼が私を抱き上げてジャンプし、そのすぐ下をレーザーが射る。
と、今度は頭がピンクの光線に引っ掛かる。
すると、今度は別の三脚が赤いレーザーをこちら向かって撃ってくる。
「キャー」
思わず声を上げる。
彼は私を抱いたまま、飛びよける。すると、今度は別のピンクの光線が、胸と腰に当たり、別の2つの三脚がこちらを向き、レーザーを発射する。それを避けようと、彼はまた移動するが、今度は別の部分がピンクの光線に触り、別の角度からレーザーが撃ち込まれ、また避ける。
段々、私たちを狙うレーザーの数が増えてくる。このままでは逃げきれない。
「おっとっと」
彼が突然動きを止める。
「この辺り一帯に、センサーがびっしりと置いてある。ピンクの光線に触れなければ、攻撃されない」
「触れずに進めますか?」
「どうかな?」
目を凝らすと、薄いピンクの光線が通路のあちこちに張り巡らされている。
私を抱っこしたまま、その光線の隙間でじっとする涼くん。
パァーン
乾いたような甲高い発砲音がし、頬のすぐ近くを何かが高速で飛び去る気配を感じる。
続けて、数発の発砲音。
通路の奥は暗闇で、誰が撃っているのか分からない。
涼くんは私を抱っこしたまま、通路を走って戻る。当然、ピンクの光線に触れるので、三脚がこちらを向き、レーザーを撃ってくる。
レーザーを避けながら、ピンクの光線をうまく飛び越え、銃弾も避ける。
いったん銃弾が止んだので、ピンクの光線の隙間で、彼はアンバランスな格好で立ち止まる。
「ここは一本道だから、レーザーを避けながら、銃弾を避けるのは難しい」
通路のはるか前方から、声がする。
「諦めて帰りたまえ。子供の来るところでは無い」
私は涼くんと顔を見合わせる。声から天上さんと呼ばれていたスーツの男。
涼くんが答える。
「帰る道が閉ざされてしまった」
「じゃ、ここが君らのゴールだ」
発砲音が再びして、銃弾が何発も飛んでくる。
涼くんは私を抱っこしたまま走り出す。飛んでくるレーザーを避け、また走り、また避けるを繰り返す。
運良くピンクの光線の空白地帯でいったん止まる。
かなり通路を戻ったから、薄暗い雪洞の明かりでは、天上さんからこちらは見えないはず。
「これじゃ、もう進めない。でも、戻っても道は閉じてる」
どうしよう?こんな時、私は全く何も思いつかない。
何気なく壁を触り、ポロッと取れた石を手に取る。
こんなものじゃ、何の役にも立たない。
「石?」
涼くんが石を見て、それから辺りを見渡す。
「出来るだけ、石を集めて欲しい」
「えっ、良いですけど」
彼は私をそっと、ピンクの光線に触らないように床に下す。
持てるだけ多くの石を周囲から拾い集める。
「これらを前の方に、どんどん投げて」
2人で一斉に石を投げ始める。
石がピンクの光線に当たると、石めがけてレーザーが発射される。たくさんの石をめがけてレーザーが何回もいろんな方向へ発射され、そのうちレーザーがピンクの光線を出すセンサーボックスに当たる。また、隣の三脚のレーザー発生器に当たるレーザーも出てくる。
石をたくさん投げるほど、センサーボックスとレーザー発生器が壊れていく。
事態に気付いた天上さんはさらに銃を乱射し、その銃弾がセンサーボックスやレーザー発生器に当たり、さらに故障する機器が増えていく。
「そろそろ、通り抜けられそうになってきた」
涼くんが言う。
カチャカチャ
通路のはるか前方で、金属音がする。
「ちぇっ、弾切れか」
暗闇の中から、天上さんの独り言。
涼くんが私の手をつかむ。
「じゃ、走るよ」
彼は通路を前に走り始め、私はすぐ後を追う。
もう、レーザーは飛んでこない。センサーか三脚か、各セットのどちらかが壊れてしまっている。
直進通路の端は、2つの通路への分岐になっている。そこに到達すると、片側の通路の少し先に、走って逃げる天上さんの後姿が見える。
「逃がすか」
さらに涼くんが加速し、私もひいひい言いながら、どうとか付いて行く。
もう少しで天上さんに手が届くというタイミングの時。
突然、天上さんが走り幅跳びみたいにジャンプして、天井からぶら下がっているロープに飛びつく。
そんな事したら、着地した時にバランス崩して、余計遅くなるのに。
と、思ったら、私の足元の床がグラッと揺れて、前後10m位の通路の床が、片側にパカッと開いて、足場が無くなる。
私はそのまま真下へストンと落ち、次の瞬間、宙に舞う。