何もない日常
「お先に失礼します」
私はドアを開ける。
外はすでに真っ暗闇で雨。10時。
バイト先のカフェ、セイントマークから傘をさして、外に出る。雨足が強い。
今日は学校の授業で、体育の授業があって良かった。
体育の授業のある日はスニーカーで登校可だから、今日はスニーカーを履いてきていた。だから、濡れても乾きやすい。ローファーだと、一度濡れると、なかなか乾かないし、色が落ちてしまう。
暗い屋外に出ると、ガラス窓越しの店内の煌々とした明るさが一際目立つ。
その明るさで、自分の靴や傘が見えると、どこかに隠れたくなる。
スニーカーは、履き古しで、全体的に黒ずんでいる。紐は結び目の部分が擦れて、ほつれ始めている。
傘は、ビニール傘。一度骨が曲がったけど、自分で元に戻した。完全には元に戻らないから、一本だけちょっと曲がっている。
そして、これが私が夜遅くまでバイトしている理由。
学校にかかる費用は、ほぼ自分で出している。公立だから授業料というものはないけど、いろんな積立てとか。例えば修学旅行の積立て。ノートなどの文房具や参考書も買う必要がある。
あと、毎日の昼食代や、そして大きいのが携帯の料金。
だから、土日も含めて毎日、夕方から閉店まで、近所のカフェでバイトをしている。
私は、お母さんと二人暮らし。
お母さんは、飲み屋のママをやっている。彼女曰くスナックらしい。
当然ながら、大した稼ぎは無くて、日々の食費と光熱費で、ほぼ消える。貯金はほとんどしてないし、出来るほどの余裕は無い。
夜遅く店を閉めて、日付けが変わって午前に帰る。そのままお店に泊まる時もある。最近泊ってくることが多い。
私の家は、木造築30年以上の古い2階建てのアパートの2階。間取りは1DK。
食堂と台所は一つになっていて、その隣に襖で仕切られた6畳の畳部屋。
台所のすぐ後ろの食卓で学校の宿題をするので、それが食卓兼勉強机。
寝るのは、隣の部屋。
小学校や中学の時は、自分の持ち物が安いものだったり、古いものをずっと使っていたりなど、後ろめたい思いがあった。
「あれ買ってほしい」「これ買ってほしい」
小さい頃私はよくそう言った。でも、結局買ってくれなくて、やがて買うほどの余裕が無いということが分かってきた。
そして、高校に入ると、何となく自分の先が見えてきた。普通に学校を卒業し、普通に地元のお店に就職しするんだろうな。
私の人生の選択権は私にはある訳が無い。
私の人生は始まる前にすでに終わってしまった。