違和感
翌日の昼ちょっと過ぎ。私は学校で、涼くんはバイト。お母さんは午後からお店に行き、家には誰もいない。
私のアパート前に、若い男が来る。
ピンポーン
ベルを鳴らすが、誰も返事をしない。
人がいないのを確認すると、ポケットから先の曲がった針金を2本取り出す。
彼は立ったまま、腰の辺りで、その針金を玄関のカギ穴に突き刺し、鍵のシリンダーの一本一本の重さを感触で測る。その間、玄関扉の前に何くわぬ顔をして立ったまま、手だけをせわしなく動かす。
4本のシリンダーの重さからその長さを求め、もう一本の針金の先端を小さくジグザグに折ると、そっと鍵穴に差し込み、もう一本の針金と一緒に回す。
カチッ
音がして玄関の鍵が開く。
彼は周囲を見渡す。日中の住宅街は、意外と人通りがない。ましてボロアパートだから、余計誰も興味を持たない。
周囲に人がいないのを確認すると、ゆっくりドアノブを回し、ドアをギリギリ人一人通れるくらい開けると、さっと扉の間に身を滑り込ませる。
背後で、音もなく、玄関扉を閉める。
「せまっ」
小声でつぶやく。このアパートに、10代後半の男の子と女の子と、その母親の3人が暮らしていることは数日の張り込みで確認済みだった。
でも、狭い方が探し物がすぐに見つかるから、都合が良い。
土足のまま家に上がると、まず学習用品がまとめて置いてある部屋の隅のカラーボックスに向かう。
カラーボックスの上には女の子向けのアクセサリーなど小物が置いてある。10代の男女のうちの女は学生だろう。このカラーボックスの周辺だけ、妙に女子力が高い。
隠すとすれば、一番可能性の高いのはこの辺りだ。
付近を調べるが、お目当ての物は無い。
次に襖をあけ、隣の部屋を覗き込む。こちらは和室で、タンスや衣装ケースなどが置いてある。壁には洗濯物が干してある。女子用のジャージとか、下着とか。
タンスの中や、衣装ケースの中も、端から調べるが、無い。
衣装はどれも全部女物ばかり。
次に押し入れの中も。布団と、ここにも衣装ケースがあるだけ。
もう一度、居間のような食堂のような中途半端な部屋に戻る。冷蔵庫横の、いかにも貴重品が入ってます的な小物入れを開ける。
領収書やら、ハンコやら、そして現金が少々。通帳もある。開いてみる。残高9500円。
「少なっ」
彼はそれらには全く興味を示さない。
台所下の棚の中や、トイレ、ふろ場などを一通り見て回る。窓を開け、ベランダやその外壁も。
おかしい。何か変。
さっきから感じていた違和感がより大きくなってくる。でも、まだはっきり分からない。
探し物が見つからないのは、それはそれでめんどくさいことではある。でも、それとは別に、何か胸騒ぎがする。
もう一度、部屋を見渡す。それから隣の和室も。
特に何かを隠せるような場所は無い。ごく普通の狭い部屋。いかにも女子が住んでます的な。
女子?
そういえば、子供は男の子と女の子2人じゃなかったっけ?
男の子の方は?
そう、さっきから感じていた違和感の正体が分かった。男の子の存在感がこの2つの部屋には全く無い。アイドルのポスターだったり、スポーツ系の漫画だったり、男物の服だったり。
数日の張り込みで、10代の男の子と女の子の2人がここに住んでいるのは確認済みだ。でも、男の子の生活臭が全く無い。存在が完全に無視されている。
なぜだ?