倉庫
それから手早く食事を終えると、父親と涼くんと3人で、再度グェンさんのアパートに向かう。
父親がドアをノックする。さっきのグェンさんが顔を出し、彼を見て、ちょっと驚く表情をする。
2人はベトナム語で話す。私は何の事だかわからず、隣で涼くんと2人で立ち尽くす。父親がちょっと頼み込んでるっぽい。
「みるだけ、おーけー」
父親がにっこり笑って、ガッツポーズする。良いお父さんだ。
「グェン、そうこ、あんないする。ついていくね」
巻物はここには無いようで、倉庫で見せてくれるらしい。
「本当に、ありがとうございました。いろいろお世話になって」
私たちは父親と別れ、グェンさんの後に付いて行く。
少し歩いた所に、物置を大きくしたような、でも、倉庫と呼ぶには小さな古い蔵のような建物があり、彼はその扉を開け、ライトを点ける。
もともとは農機具の倉庫として使われていたのだろう、建物内の1/4くらいは、古いトラクターとか耕運機とか、農機具が置いてあり、残りの3/4にはビニールシートが被せてある。彼はビニールシートをどけると、ネットオークションで見た骨董品の数々が置いてある。
勝手に探せっ、て感じで、彼は手の甲を振るので、私と涼くんで巻物を探す。
木の箱の中や、タンスの中など、端から見ていく。
金色の屏風や、大きな壺、獅子の置物などもあるが、私には価値が分からないし、興味もない。
グェンさんは、手持無沙汰そうに近くに腰掛け、たばこを吸う。
「あっ、これかも」
涼くんが声を上げる。
駆け寄り、彼の手元を覗く。確かに山田さんの巻物に似ている。
彼が開く。先頭には”雲隠”と崩し字で書いてあるのが分かる。
「これです。良かったです。覚えられますか?」
「大丈夫」
彼は巻物を転がしながら、全体に目を通し、最後のランダムな模様の箇所までたどり着く。
何となく、ランダムな模様の形が山田さんの巻物の模様と違う気がする。
これで、安心して家に帰れる。後は、電車の中に寝よう。と、思った時。
キィーーという車のブレーキ音が倉庫の外でして、続いて車のドアの開閉音と、ドタドタという数人の足音。
こんな夜に、それも人通りもほとんどない、こんな辺鄙なところに誰だろう?
振り返ると、2人の男の人が、グェンさんに近づいてくる。
1人は、ちょっとガラの悪いジャケット、スーツみたいのを羽織って、夜なのにサングラスをかけている。上着の中は派手系のシャツで、でもそんなのを着て似合うような年でもなく、ちゃらちゃら感が不釣り合いの30代くらい。もう一人はもっと年配で50超えてそう。でも、貫録というか、目の据わり方が堅気の人ではないという感じ。
「約束のもん、もらいに来た」
ぶっきらぼうに年配の男がグェンさんに言う。ちょっと関西弁が入っている。
グェンさんは、その男とは知り合いなのだろう。すぐに立ち上がって、ペコペコと何か言って、彼らを倉庫の中に引き入れる。
私はそのただならぬ雰囲気に気圧されて、涼くんの後ろに隠れる。
「そろそろ、帰ろっか」
涼くんは、私の手を取り、倉庫の扉に向かう。
「こちらさんは?」
年配の男が、グェンさんに私たちのことを聞く。
「あーー、ちょっと、みるだけね。しりあいのしりあい、ことわれなかった」
一瞬の間。
「じゃー、もう帰ってもらおうか」
私と涼くんは、倉庫を出ようとする。すると、後ろから、
「何や?これは」
男の声がする。振り返ると、さっきまで涼くんが見ていた巻物が、半分開きかけで台の上に置いてある。
どう答えてよいか分からず黙っていると、グェンさんが
「ちょっと、みるだけ。みるだけね。なにもとらない」
「あー、そうか。じゃー、さっさと子供は帰んな。今日のことは、きれいさっぱり忘れた方がええで」
「ああ、そうするよ」
涼くんはそう答えて、私と一緒に倉庫の扉を出ると、涼くんが私の二の腕をギュッとつかむ。
小声で耳元で、
「走る」
「何で?」
「あーいうタイプは、平気で後ろから襲ってくる」
倉庫の外の車の横に、もう一人が立っている。暗いから顔は良く見えないけど、身動き一つしない。
あまり近づかないようにしたいけど、道に出るには、その男のそばを通過しなくてはならなくて、出来るだけ距離を取って、その男を通り過ぎる。
通り過ぎて、後は帰るだけ、と思った時、涼くんが私をポーンと前に押すので、バランスを崩して、倒れそうになる。
後ろを見ると、車の横の男がナイフ片手に涼くんに襲いかかる。涼くんはとっさに、その腕をつかむと、軽々と背負い投げ。
男はポーンと宙を大きく回転して、背中からドタッと着地。男はうめき声をあげる。
「走れ」
その声と同時に、私は走る。涼くんも走る。暗闇の農道をバス停の方へ向かって。
倉庫の中の男たちが出てくる。
「ゴラァー、待たんかい」
後ろから、怒鳴り声がするが、私たちは走り続ける。