依頼
父親が、どこから来たかを身振り手振り交え、拙い日本語で聞いてくる。
「埼玉から、来ました」
「あーー。とおいね。うん。うん」
空を指さしながら、何か日本語と外国語がまじりあった言葉を言う。
「飛行機ってことですか?いえ、電車です。電車。隣の県のなので、2時間くらい」
「うん。うん」
通じたかな?
でも、みんな良い人っぽくて、普通の人たちばかりで、安心する。
今度は私が聞く。
「どちらの国から、来たのですか?」
「わたしたちのくに?ベトナム」
「あー、そうなんですね。お仕事ですか?」
「そう。そう。しごとね。のうじょうね。はたけ、たがやす。うえる。かる」
何でわざわざ日本まで来て、畑で働くのだろう?と不思議だけど、質問の意図を伝えるのが苦労しそうなので止めた。
「りょこう、ですか?」
今度は母親が聞いてくる。
「いえ、この近くに用事があって。隣の棟のグェンさんという人の所なんです。お知り合いですか?」
急に、シーンとちゃぶ台が静まり返る。
えっ、何で?
事情が分からず、母親や父親の顔を代わる代わる見つめる。
父親がおもむろに口を開く。
「しりあい?」
「いえ。ちょっと前にネットで売りに出ていたものを買いに来ました。でも、キャンセルされて買えなかったんです。買い物」
ちょっと間が空いてから、
「むかし、いいひと。いま、よくない、わるい。どろぼう」
「あー、そういうことなんですね。知りませんでした」
「むかし、いっしょにはたらく。いっしょにしょくじする。いっしょにあそぶ。おれのおとうと。でも、いま、つきあい、ない。おとうと、ちがう」
弟というのは、比喩的なものなのかな?
確かにグェンさんには違和感があった。見た目はお世辞にも骨董品とは縁のなさそうな人なのに、何で日本の昔の屏風や扇子、巻物などを出品しているのか、不思議だった。
盗品ということなのですね。
私は涼くんの方を向く。
「あの巻物、盗品みたいです。だから買えないですね。むしろ、買わなくて良かったかもしれない」
「でも、3つ必要なんだろ?山田さんの巻物によると。謎を解くのには揃える必要がある」
「でも、盗品じゃ、私たちまで共犯になってしまうかもしれません」
「見るだけは?僕は暗記が可能だから、巻物の中身を100%暗記できる。そうすれば、実質、巻物を買ったのと同じことになる」
「そんな手があったんですね!」
今度は、父親の方を向く。
「以前はお付き合い有ったんですか?」
「いっしょに、にほん、きた。でも、しごと、やめた。いま、つきあい、あまり、ない」
ちょっと厚かましいけど、勇気を出して言ってみる。
「グェンさんの持ち物で、どうしても見たいものがあるんです。見るだけなら、頼んでいただくとか、出来ますか?」
父親は渋い顔をする。
難しいだろうな、あまり付き合い持ちたくないと、言ってる。
隣から母親が、ベトナム語で口を出す。父親が頷く。
「じてんしゃのおんがえし。1かいだけね」
良かったと同時に、ちょっと悪いことしてしまった気がする。でも、本当にいい人たち。