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人型自走電磁パルス兵器と地味で普通の女子高生の物語  作者: 岡田一本杉
藤原道長のレガシー
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山田さん

「あっ、ごめんなさい」

放課後、学校の昇降口で、帰宅しようと上靴から外靴に履き替えようとして屈んだ時、不意に後ろから声をかけられる。

誰かとお尻がぶつかった感触があったから、私も思わず

「ごめんなさい」

と言い返す。

振り返ると、同じクラスの山田さんが靴を履きかけている。

ほとんど話したことは無いけれど、一応顔は分かる程度。

帰宅部の私と同じく、山田さんも帰宅部だということは、時々放課後に同じ時間に昇降口で見かけるから分かる。

私はバイトが忙しく、午後の授業が終わると、すぐに学校を出る。何割くらいの子が部活しているのかは知らないけど、多分半分以上はしていると思う。うちの高校は部活は義務じゃないから、基本希望者だけなんだけど。

帰宅部の人は、単純に家に早く帰りたい人か、余裕のためにバイトをしている人のどちらか。勉強のためという人は、1年では聞かない。

私のように生活のために必要に迫られて、という人は、少なくとも私が知る限りではいない。

そのため、毎日放課後、そそくさと昇降口から正門へ向かう時に、後ろめたい気持ちを感じる。

別に特に興味がある部活がある訳では無いけれど、やっぱりちょっと普通と違うことをしている気がしている。

そんな時、時々帰りの昇降口で山田さんを見かけて、微かな安心感というか、連帯感というか、気になっていた。

校舎を出て歩き始めると、山田さんも同じタイミングで歩き始め、2人そろって正門へ向かう。

山田さんも徒歩通学なんだ。

特に会話もないまま、2人ならんで歩くと、ちょっと気まずい。

ペースを落として歩こうかなと思った時、

「矢野さんも、徒歩なんですか?」

と山田さんの方から声をかけてくる。

「えっ、うん」

私の名前は知っているんだ。

「同じクラスの山田さん?ですね」

「ええ。矢野さんですよね。帰り、時々会いますね。部活は、何かしているんですか?」

「ううん、してない。バイトが急がしくので」

「バイトしているんですね。良いなあ」

「そうですか?カフェのホールですよ」

「でも、楽しそうじゃないですか?」

「うん。まあ、私には向いているかな。ネットで探せば、すぐに見つかりますよ」

「そうですか?でも、私はバイトできないんです」

「何でですか?」

ちょっと沈黙の後、

「おじいちゃんのお世話をしなくちゃいけないので」

初めて話した時の会話では、聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもと、不安になる。

でも、おじいちゃんが病気とか怪我とか、または普通に高齢になって、家族が看病やら介護やらというのは、よくあることなので、避ける話題でも無さそうだし。

ここでこちらも沈黙してしまうと、沈黙の連鎖になってしまいそうで、急いで会話をつなげる。

「すごいですね。私はおじいちゃんもおばあちゃんもいないけど、もし、いたとしても、とてもおじいちゃんのお世話とかできないですし。いろいろ理由つけて、親に押し付けちゃうかな」

すると、彼女は続ける。

「私は、おじいちゃんしか、いないから」

「えっ、両親は?」

「いないんです」

ちょっと言葉に詰まる。

事情は?

とても聞けない。

「ごめんなさい。知らなくて」

「いえ。誰にも言ってませんから。両親の離婚後、母方について行ったのですが、その母も数年前に病気で他界して。祖父母と暮らしていたのですが、おばあちゃんは高齢で亡くなり、おじいちゃんと2人暮らしです」

「あー、そうだったんですね」

気が付くと、正門を出て、家の方へ向かって歩き出している。山田さんの家も同じ方向なんだろう。

「でも、おじいちゃんが最近、痴呆が始まって。あまりの運の悪さに、笑っちゃいますよね」

ハハッと乾いた声で彼女は笑う。でも、その笑い顔は泣き顔にしか見えない。

きっと、この話を、誰かに聞いてもらいたかったんだろう。

なんとなく、彼女の気持ちが分かる気がする。

自分の目の前を、あっさりと自分の人生のピークが過ぎ去っていく焦燥感、せめて普通並みのことは一通り経験してみたいけど、それも無理という絶望感。

忙しい日常に流されて、人生こんなものかなという諦めと、それを前提とした、ささやかなことに楽しみを見出す知恵。

それらをはっきりと認識した訳では無いけれど、全部が重なり合った混沌とした感情は私もずっと感じてきた。

なんか山田さんとは、友達になれそう。

「程度は違うかもしれないけど、2人暮らしなら、私と同じですね。私もお母さんと、2人暮らしだから」

それから、自分の身の上話を彼女にする。

小さい頃、両親が離婚して、お父さんの顔は知らないこと、バイトは生活のために必要なこと、などなど。

うん、うん、と彼女は聞いてくれる。

不意に、彼女が独り言のように言う。

「最近のおじいちゃんの口癖は、紫式部の謎を解き明かしたかった、なんですよ。もともとは大学で平安時代の巻物の研究をしていたんです。その中に、紫式部のものがあって、ずっと取り組んでいたんだけれど、結局分からなくて。今ではそれが唯一の心残りみたいで、いつも言うことは、そればっかり」

「巻物?」

私には、全く分からない。そっか、昔の物語は、巻物に書かれているんだ。

でも、少しは山田さんの力になってあげたい。巻物は分かるはずはないけれど、力になってあげるという意思表示してあげたい。

と思った時、うちには涼くんがいることを思い出す。

私は涼くんに、時々学校の宿題を手伝ってもらう。最初は数学の計算なんか、アンドロイドだから得意なんじゃないかと思って頼んだら、あっという間に解いた。

地理とか暗記モノも、得意。ネットに接続して、検索すると言っていた。

「知り合いに、そういうの詳しい人がいるから、聞いてみようか?」

励ましてあげたいという気持ちから、無責任にもずいぶん安請負いを言ってしまう。

すると、山田さんは

「本当?うれしい。ぜひ見てほしい」

と、予想外の食いつき。

「でも、分かるかどうかは分からないから、あまり期待しないでくださいね」

彼女はさっきまでの暗い雰囲気から、打って変わって急にルンルンっぽくなる。元気付けられて、良かった。

次の交差点で、私は右へ、山田さんは左へ別れる。

彼女は私に手を振りながら、

「じゃ、明日、巻物、持ってくるから」

と駆けていく。

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