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人型自走電磁パルス兵器と地味で普通の女子高生の物語  作者: 岡田一本杉
長すぎたサマータイム
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ミシシッピマッドケーキ

「涼くん、何か話しかけてみる?」

彼に場所を変わり、後ろに下がる。彼は彼女の傍まで来てじっと彼女の顔を見つめる。

彼にとって彼女はどういう存在なのだろう?

ふっとそんな思いが私の頭をよぎる。

彼が私の家に泊まるようになった後、彼の外出先は、いつも私と一緒に出かける所か、バイト先のコンビニのみ。だから彼に私以外の知り合いがいるという感覚が無かった。

私が聞いた彼の過去の話では、彼女と戦争の相手国同士で、彼が戦局に大きく関わったということ。だから目の仇にされたと思っている。

やっぱり彼と一緒に来ない方が良かったかも。彼にとっても彼女にとっても悪い方向に行きそうな気がする。

その時、彼が言う。

「ちょっとあっち向いて」

あっちとはドアの方?

言われるままにドアの方を向く。彼が動く気配がする。

チュッ

何の音?

と思って振り返ると、彼が彼女の顔に近づき、唇と唇が離れていく。茫然とする私。

動けないからって、女性に勝手にキスして良いの?それとも、以前はそういう仲だったということ?

見なかったことにするべきなのか、何か言うべきなのか?

迷って結局見なかったことにする。

彼の過去はもちろんだけれど、行動もよく分からない時がある。それは自分が未熟なのか、彼が変わっているからなのか、どっちなのか分からなくて、分からないからそのまま受け入れるしかないのだけれど。

すると、彼女の手がピクッと動く。

あれっ、今動いた?

と思ったら、彼女は点滴につながっていない右手を布団からジワジワっと抜き出すと、肩の辺りまで持ち上げる。それからベッドの横に立っている涼くん目がけて思いっきり殴りかかった。

彼は頬を押さえて、2,3歩おっとっとという感じで後ずさりをしたけれど、何も言わず下を向いたまま。ソフィアの方を見ると、さっきまでの半開きの口はキュッと閉ざされ、目には力が戻っている。

あっ、元に戻ったんだ!

でも、二人とも動かずじっとしたまま。

どうして良いか分からず、私はその場にボーっと突っ立っている。

何、この雰囲気?私はいない方が良いのかも。

もう一度ソフィアの方を見ると、頬にうっすら一筋の涙が見える。私の視線に気づき、彼女はフンッと窓の方を向いてしまう。

「知らせてきます」

と私は部屋を出る。1階の天上さんたちに知らせると、

「えっ、本当?」

と2人とも走って彼女の部屋に行く。食堂に1人残され、さっきの飲み残しのジュースを飲んでいると、涼くんが階段を降りてくる。

何て話しかけよう?見なかったことにしておくべき?

彼は何事もなかったかのように私の前の席に座る。彼から私に話しかけてくる気配はない。

いろいろ考えて、最終的に何も聞かないことにする。

彼の全てを知る必要は無いから。知らないことがあっても良い訳で、これから少しずつ分かっていけば良い。実際に今までそうして来た。学校の友達に対してもそうだった。無理に深入りしようとすると、嫌がられるからお互いに不可侵領域があっても良くて、むしろある方が良いと思っている。

天上さんが降りてくる。

「彼女、話せるようになって良かった。まあ、いろいろ聞かせてもらうことはあるけれど。まずはもう少し回復してもらわないとね」

彼は手に持っていた封筒をテーブルに置いて、私の方へ差し出す。感触からお札が入っている。

「ゆっくりしていって良いよ。駅前に大して食べる所はないから、ここで昼食を食べていくと良い。何でも注文して」

「ありがとうございます」

すぐに封筒の中身を確認するのも失礼かと思い、中身を見ずにカバンに仕舞う。彼はすぐに再び2階へ戻ってしまう。私はテーブルの上のメニューを見て、普通にランチセットを頼む。

「いる?」

「いらない」

一応聞いたけれど、予想通り涼くんは食べないと答える。

しばらくして、ロールパン2個、厚切りのハムとソーセージとスクランブルエッグ、サラダが運ばれてくる。それぞれはごく普通の食材なんだけど、雰囲気が凝っていて豪華に見える。

「いただきます」

一気に食べ終えてしまう。

デザートを頼んでも良いのかしら?

メニューのデザートを見ると、ミシシッピマッドケーキが美味しそう。

天上さんは昼食を食べて行って良いと言ってくれたから、昼食分は持ってくれると思うけれど、デザートも良いとは言わなかった。デザートは含まないかも。

でも、美味しそうだから、たとえ自腹になったとしても頼んでしまう。

そしてミシシッピマッドケーキが運ばれてくる。

一口食べて頼んでよかったと直感する。クルミがたくさん入っている濃厚なチョコレートケーキ。なかなか自宅の近くでは手に入らない。

甘いものを食べてすっかり満足して、涼くんに対してのモヤモヤした気持ちが一気に晴れてしまう。

これって、花より団子そのまんまじゃん、と内心あきれるが、そうだから仕方がない。こういう諺があるということは、他の人も皆そうなのかしら。

「じゃ、そろそろ帰ろうか?」

「うん、そうだね」

私たちは立ち上がり、階段を上りながら声をかける。

「そろそろ帰ります」

天上さんが廊下から階下へ顔を出す。

「ご苦労様。本当、助かった」

私たちは彼にあいさつをしてペンションを出る。

外には天上さんが呼んでおいてくれたタクシーが待っていて、それで駅へ向かう。

タクシーの中で交通費をもらったことを思い出し、封筒の中を確認する。

片道約11000円だったから、二人の往復分が入っていることを願いながら封筒を開けると、なんか枚数が多い。数えてみると万札が10枚。

こんなにもらってしまって良いのかしらと思うけれど、予想外の大金に素直にうれしい。

甘くておいしいもので満足して、お金をもらって満足するって、私って本当に俗人、とつくづく思う。

でも漆丸議員さんの狙撃から始まって今までいろいろあって、最後が満足なら、まあ良かったと言っても良いも知れない。そんなことを思いながら、帰路に着く。

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