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人型自走電磁パルス兵器と地味で普通の女子高生の物語  作者: 岡田一本杉
長すぎたサマータイム
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白馬へ

大宮からまず長野まで行き、松本経由で白馬へ行く。

軽井沢は長野県で、以前行った時、在来線でそんなに時間がかからなかった。だから、長野県は近いと勘違いしていた。

長野や松本はかなり遠い。在来線を利用すると日帰りは無理。

だから、天上さんの交通費を出してくれるという言葉に甘えて北陸新幹線を初めて使わせてもらうことにする。新幹線を使っても片道4時間かかるから、かなり朝早く出発する必要がある。

その週末の土曜日、朝7時に家を出る。前回軽井沢に行った時も土曜日だったことを思い出す。今回は何事にも巻き込まれる要素は無いはず。天上さんに会ってソフィアを治すだけで、何事もなく帰ってきたい。

長野駅から松本駅へ行くのが意外と不便。長野って県の真ん中に山脈があって長野と松本が隔てられているとこの時に気づく。長野駅までせっかく北上したのに、特急で松本駅まで再び南下してそこから糸魚川行きの在来線に乗り換える。

昼少し前に白馬駅で下車してタクシーに乗り、教えてもらった住所を運転手さんに見せる。しばらく走ると森に入り、15分くらいで道脇のちょっと広めの駐車場に着く。

すぐ近くに木造のログハウスのような建物があり、看板が出ている。

“ペンション シュプール”

ここで合っている。

周囲は木々に囲まれていて、すぐ裏に小川が流れているみたい。川のせせらぎが聞こえる。ログハウスに近づくと結構大きな建物だとわかる。

入口の扉を開け、中に入る。こじんまりとした談話室があり、その正面に2階への階段がある。右隣りに部屋があり、ドアが開けっぱなしで人の気配がする。そこは食堂のような部屋で4人掛けの丸テーブルが4つ並んでいて、そのうちの1つに天上さんと桐生さんが向かい合って座っている。

「こんにちは」

「おっ、お疲れ様。遠いところ、ありがとう」

天上さんが振り向いて手招きしながら声をかける。ちょうどコーヒーを飲んでいる所だった。

私たちを見て一瞬桐生さんの瞳孔が開いて、心なしかニコッと微笑んだような気がする。でもほんの一瞬ですぐに彼は視線をそらし、コーヒーの方を向く。

天上さんに勧められるままに席に座る。飲み物を聞かれたので、ジュースを2人分答える。涼くんは飲まないけれど、私だけ注文すると変に思われるから。

すると、桐生さんがテキパキとペンションの店員さんを呼んで注文する。

「埼玉から白馬までは遠い?」

「ええ、すごく遠かったです。長野が意外に大きくて」

「この辺りは新潟周りの方が早かったりするからね」

「ここは、貸切なのですか?」

「ああ、当分の間ね。彼女の無反応の原因は身体的なものでは無さそうだから、静かな方が治るかもと思ってね」

それから天上さんから雑談を振られて、少し話す。

その間桐生さんは全く会話に入ってこなくて、天上さんから振られた時だけ手短に答える。それもすごく要領よく。

あのナンパな桐生さんがこんなにおとなしくなるんだと意外に思う半面、この2人は完全に上下関係なんだと、改めて気づく。

「ルスラナは2階にいるから。じゃ、そろそろ見てもらえる?桐生、案内してあげて」

桐生さんが立ち上がって、談話室の階段から2階へ私たちを案内してくれる。206とプレートの付いた部屋の前で止まり、コンコンとノックする。返事はない。彼はドアを少し開けると

「じゃ」

と言って、私と涼くんを残して階下に降りてしまう。

ソフィアは反応が無いとは聞いていたけれど、この部屋に彼女がいると思うと怖い気がする。涼くんが一緒だからまた暴れ出すのではないかと、入るのをためらってしまう。

緊張しながらドアをそっと開ける。

部屋は縦長で奥に窓があり、外の景色が見える。さんさんと明るい陽射しが窓から降り注いでいる。上半身を少し起こし、くの字型になったベッドが窓際にあり、ソフィアは薄いピンクのパジャマを着てベッドに横になり、宙を見つめていた。

左手には点滴のチューブがつながっていて、その先に透明な液体の詰まった袋がぶら下がっている。私たちが部屋に入ったのに全く動かず、時間が止まったかのような錯覚を一瞬覚える。

近寄って彼女の顔を覗き込む。目の下にクマが出来て、顔の輪郭がなんとなく細くなって、顔色は不健康っぽく青白い。化粧が落ちているから顔半分のやけどの痕がはっきり見えて、余計に痛々しい。なんとなくやつれて、以前より衰弱した印象を受ける。

「ソフィアさん?」

声をかけてみるけれど、全く無反応。目は開いているから起きてはいると思うけれど。そっと手を彼女の顔に近づくてみても、全く反応しない。意識が無いみたい。

やっと天上さんが言っていた無反応の意味が分かる。

「私のこと、分かりますか?」

聞こえているのか、いないのか分からない。

植物人間ってこういう状態を言うのかしら?

それからいろいろ話しかけた。けれど、何を言っても聞こえてないみたい。

もしかしたら耳が聞こえないのかもしれない。目の前で手を動かしても反応しないということは、目も見えないのかもしれない。

そう思って今度は彼女の手をそっと触ってみる。ヒヤッと冷たいけれど、でもそれは死んでいるというのではなくて、生きている人の冷たい手。手を握ったけれど、やっぱり彼女はピクリとも動かない。

私があの時に、彼女に涼くんをフリーズさせる端末を渡して、彼女が泣き崩れたのがやっぱり原因かしら?

そうすると原因は身体的なものでは無くて、精神的なもの。そして、そういう精神分析の知識は私には全く無い。

私はもうあきらめるしかないかもと思い始める。やっぱり私ではダメみたい。

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