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人型自走電磁パルス兵器と地味で普通の女子高生の物語  作者: 岡田一本杉
長すぎたサマータイム
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虚しさ

ソフィアは下田の倉庫兼アジトでパイプ椅子に座りウォッカを飲んでいた。時刻は午前に入ったもののまだ深夜。

倉庫だからガランとして天井は高く、無駄に広い。壁は無愛想の波板ストレートの鉄板で、高い天井に蛍光灯がポツリと点いている。

この倉庫は海岸に隣接していて、主に船とその備品を収納している。船は2隻あり、1隻は七丈小島へ行くときに使用した12人乗り小型艇。予備の燃料タンクを積んているので長距離航行できる。釣り客が良く使う形の船で、もし臨検されてもレジャーと言ってごまかしが効く。

もう1隻はパワーボート。時速200km出る。パワーボートは前日に倉庫から出して、港の桟橋に係留している。

隣の一回り小さい倉庫は武器庫。

マシンガン、手りゅう弾、ロケットランチャー、拳銃などの武器とともに、盗聴器、発信機などの電子機器が入っている。

その反対側に事務所があり、その一角は仮眠室。見張り以外の部下は、仮眠を取っている。

明日は早朝に、桟橋に係留してあるパワーボートで沖合のロシアの貨物船に偽装したレポ船、つまりスパイ連絡船と海上でおち合い、K文書を渡す予定になっている。それで今回の任務は終了。

K文書も手に入れたし、日本の警察や公安にも気付かれていない。ほぼ任務は終了したようなもの。

ソフィアも仮眠を取るつもりだったが、寝つけず飲酒をしていた。なぜか目がさえて眠れない。

なぜ眠れないのだろう?何かが心の中に引っかかっている。いや、引っかかっているのではなくて、空虚感がある。なぜだろう?

自問したけれど、分からない。

ESというアンドロイドに復讐するために日本へ来て、その目的を果たした。本当ならうれしいはずなのに。

両親はナゴルノ・カラバフ戦争で死亡した。

私が首都ステパナケルトへ応援へ行って自分の村に帰ったら、村がアゼルバイジャンの攻撃を受け全滅していた。両親も、近所の知り合いも、幼馴染も全員焼死体になっていた。身寄りのなくなった私は、停戦監視団として駐屯していたロシア将校のツテでロシアにわたり、スペツナズに入隊し、復讐の機会を探した。各国の情報機関や軍事企業の機密情報を調べ、ESが日本にいることをつかんだ私は、日本行きを志願した。復讐のために。

ESの居場所を見つけ、もう少しで粉砕できる所までは行ったけど、直前で邪魔が入った。日本人の女の子が自分の命を懸けてESを救おうとしたから。

それが意外だった。

もともとアンドロイドだし、命令さえ受ければどんな悪いことでもする機械なのに、それを必死で助けようとする彼女の動機が理解できなかった。きっとかつての私のようにESに騙されている。

でも、もしかしたら、そういう面も含めて、ESの後ろ暗い過去も含めて救おうとしたのかもしれないという疑問とかすかな光のようなものがあった。人間とアンドロイドの正常な人間関係が維持できるのかという疑問。そこを確かめたかった。だから、その後いつでもESをスクラップにできる機会はあったけど、あの日本人の女の子とESの関係を観察した。

でも、その結果は全く予想外れの物だった。

彼女はESの過去はほとんど知らなさそうだったし、どうも近くのコンビニで働かせて、家賃の足しにしているようだった。

ESを労働力として使うのだったら、金融機関へのハッキングとかもっと割りの良い方法があるのに、そういうことをせず、ほぼ世間の最低賃金近くの時給で働かせるという効率の悪い、いかにも小市民的な方法を取っていた。

だから、今回K文書の回収の任務に日本人のあの女の子とESが関わると分かった時、一緒に始末してしまおうと考えた。そして、予想以上に簡単に目的を果たせてしまった。

でも、長年の目的を達成できたのに、なぜか心が晴れない。むしろジワジワと怒りが湧いてくる。

誰に対する怒り?

ESがもういなくて、怒りの対象はいないはずなのに。

感情をコントロールできなくなって目がさえて、アルコールの力で眠ろうと思ったけれど、アルコールもこの怒りの前には無力みたい。全然眠くならない。意地になって寝るまで飲む、と思い立ってウォッカを大量に一気飲みしたけれど、全く効果が無い。

もともとこんな仕事は私には向いていなかった。好きで就いた仕事ではない。日本に行くきっかけが欲しかっただけ。ESがいなくなった今となっては日本にいる理由が無い。この任務が終われば国に帰ろう。

でも、国に帰っても、家族も知り合いも一人もいない。誰も私を待っていたり、迎えてくれる人はいない。だから国に帰っても、実はそれほど意味はない。ただ他に行く所が無いだけ。

ESは私を利用した。それが一番腹立たしい。あの当時は私もまだうぶだったから、コロッと騙されてしまった。親切心、いや乙女心をもてあそばれた。

乙女?

乙女という言葉が頭の中に浮かんで、思わず鼻で笑ってしまう。

私が乙女の訳がない。両手は真っ赤な血に染まっているのに。

じゃ、私は何者なのだろう?女兵士、女隊員、女工作員、女暗殺者?

どれも違う。

いろいろ考えて、適当な言葉が頭に浮かんでこない。

あれっ、私は自分のことを何だと思っているのだろう?

しばらくぼーっと考えて、ふっと思い立つ。空虚。

私の中は空っぽだ。何も無い。中身も空っぽだし、周囲とのつながりも全く無い。暗黒の空中に私の姿をした皮だけが漂っている。それが私にぴったりのイメージ。

そして、痛切に思う。むなしい。

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