純白のクルーザー
私と涼くんは桐生さんに手伝ってもらって立ち上がる。
以前の桐生さんの印象は、バイト先でナンパされた記憶が鮮明過ぎて、ちょっとキザで女性の扱いに慣れていて格好良くてというもの。だから、今回も再び口説かれるのではないかとちょっとわずらわしさを感じたけれど、自意識過剰だったみたい。
今の桐生さんは無愛想で、完全に義務的に私たちを扱っている。あのキラキラしてチャラチャラした雰囲気がなくて、顔つきも真剣みたい感じで、話しかけて欲しくないオーラを醸し出して、どこか私たちを拒否している気配さえ感じる。
なぜここに桐生さんと天上さんが来たのとか、いろいろ聞きたいことがあるのだけれど、急かされて、彼らがこの島まで乗ってきた船まで走らされる。だから、質問する時間も無い。
丘のふもとに桟橋があって、そこに3階建ての純白のクルーザーが停泊していた。全長200m位の大型船。トップデッキにはヘリポートがあり、キャビンの上で筒状の金属製の箱がクルクル回っている。レーダーか何かかしら。側面の窓ガラスは大きく、前から後ろへかけて一続きの流線型を描いている。
桐生さんたち以外にも何人もの人がいるけれど、スキューバ用のウェットスーツを着ているのは桐生さん一人だけ。他の人は男なのにみなセーラー服を着ている。
酸素ボンベを背負った桐生さんと私たち、天上さんが桟橋からクルーザーの後部デッキに乗り込む。天上さんがデッキの壁のインターホンを取り上げ
「出航して」
と言う。
ピューと甲高い汽笛が鳴り、クルーザーは離岸しはじめる。
桐生さんと天上さんは乗船後、すぐにどこかへ行ってしまう。きっと二人ともいろいろ仕事があるのでしょう。
セーラー服の船員が、濡れた服の代わりに私と涼くんの服を用意して持って来てくれる。お礼を言って受け取る。
みるみる島は後方に去っていき、あっという間に小さくなってしまう。島の周りは海以外は何もない。まさに大洋の真ん中の離れ小島だった。自力での脱出は絶対無理。本当に桐生さんたちが助けに来てくれて良かった。
後部デッキには誰もいないので、屋外だけど着替えてしまう。着替え終わった涼くんとデッキの脇のベンチみたいな所に座って、ボーっと海を見る。
空は晴天。遠くの方に立派な真っ白の入道雲がニョキニョキっとそそり立っていて、真っ青な空を背景にとても絵になる。時刻は昼前くらいかしら。
カモメの群れがどこからともなく低く舞い降りてきて船と一緒に飛ぶ。手を伸ばせば届くくらいの距離。
何か食べるものがあれば、手渡しでエサをあげられるのに。
この船はどこに向かっているのかしら?私たちを陸に返してくれるのかなあ?
天上さんの雰囲気から、安心して良さそうに思える。
でも彼らとは藤原道長の財宝をめぐってライバルになった間柄だし、その時の禍根をこれから晴らそうとか思っていたらどうしよう?もしそうだったら、こんな海の真ん中で、どこにも逃げ場所が無い。
桐生さんがよそよそしかったのも気になる。
もう私に対する気持ちは消えてしまったのかなあ?それとも、もともとあの時の巻物目当てで、本当は私など興味なかったのかしら?
そんなことを考えて、不安な気持ちが湧きあがってきた時、天上さんが上の階から船の側面の階段で降りてくる。
「落ち着いた?」
「はい」
口調と話し方から悪い話ではないみたい。
「私たちはある事情で外国の情報機関のグループを追っていてね。そのリーダーがルスラナという若い女性なんだ。矢野さんとそっちの、名前は何だったけ?」
と涼くんの方を向く。
「涼くんです」
「そう、涼っていうんだ。ルスラナが七丈小島へ向かったので我々も後を追ったんだ。突然そんな離れ小島へ行くなんて、何か特別の事情があるはずで、外国の連絡員と接触する可能性もあったからね。ところが、なぜかそこで君たちに遭遇したという訳さ」
彼は両手をちょっと上げてびっくりした仕草をする。
「ただ、そこが実はある国会議員の個人所有の島で、彼女は関係者を全員殺害の上、目的の物を手に入れた。後は、自ら出国するか、別の連絡係に渡すなどをするはずで、一足違いで船で逃げられてしまった。彼女たちがどこへ向かったかも分からない。今頃はどこか沖合で海外行きの船に乗り換え散るのかもしれない。それを阻止したかったんだがもう手遅れだろうな。まあ、君たちはどこか陸に送り届けるから、安心してくれたまえ」
「ありがとうございます」
それを聞いて、私はほっと安心する。今は、とにかく家に帰って安全なところでのんびりしたい。私が望むのは、ただ平穏な日々のみ。この半日でそれをつくづく感じた。金塊なんかいらないし、何とか文書などにも全く興味ない。命さえあればどうとかなる。だから一刻も早く帰りたい。