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人型自走電磁パルス兵器と地味で普通の女子高生の物語  作者: 岡田一本杉
長すぎたサマータイム
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K文書

元議員の額にどす黒い穴が開き、背後の壁に赤い大きなしみが広まり、彼はバサッと倒れる。

彼は一度私の目の前で疑似的に死を演出したけれど、今回は芝居ということはありえない。なぜなら彼の頭に穴が開いているのがはっきり見えるし、そこから血が吹き出し、その出血量が大量だから。

それから彼女は今度は銃を私に向ける。とっさに涼くんが私の前に出る。

「協力するという話だったろ」

と涼くん。

「もう、目的の物は手に入ったから、協力関係の期限切れよ」

「僕らは金には興味ない。全部君たちにあげるよ。今回のことも誰にも言わない。それで良いだろ?」

「私たちは金には興味ないの」

あれっ?じゃ、純粋に私を助けに来てくれたの?金塊目的のついでに私を助けてくれたと思ってたのだけれど。でも、そうすると、なぜ私たちに銃を向けるの?

「私たちが捜していたものは、この書類よ。K文書」

「K文書?」

「そう、第2次世界大戦末期の日本で、近衛文麿元首相が書いた近衛文書、略してK文書」

「ん?そんなものに価値があるの?歴史マニアや考古学者は興味を持つかもしれないけど」

私も彼と同じことをとっさに考える。

この部屋の中だけでも三つの死体がある。やくざの用心棒2人と元議員。ということは、彼らが外からこの部屋に来るまでに用心棒と銃撃戦があったわけで、部屋の外にも死傷者がいるに違いない。一体何人、死傷者はいるのだろう?そこまでするほどの価値があるものなの?

「ここには、当時の日本政府のソ連への密約が書いてあるの。それは、満州に展開する関東軍60万を労働力としてソ連に提供すること、満州、北方領土、北海道をソ連に割譲すること、そして日本が天皇制を廃止しスターリンを指導者と仰ぐ共産国家としてソ連の衛星国になること。当然天皇の御璽も付いているわ。この金塊は密約がソ連との間に成立した歓迎の意を示す日本側の贈り物であって、あくまでもおまけ。メインはこの文書」

「偽文書の類じゃないの?それに天皇制の廃止を天皇が自分で認めるって、おかしくない?」

「当時、ソ連はコミンテルンを通して共産革命を日本へ輸出し、日本とソ連は中立条約を結んでいた。条約の切れる期限の1年前に、近衛公の秘書がモスクワへ来てこの文書の概要を口頭で約束したの。近衛公はそれを文書化して天皇から内々に承諾をもらい、金塊とともに覚書をソ連へ送った。けれど、いつまで経ってもソ連へ届かなかった。覚書を運んだ汽車が米軍の爆撃で立ち往生したと後からソ連側は聞いたわ。スターリンは8月8日約束通り満州に侵攻したのよ。日本は敗戦革命で共産化を成し遂げるつもりも、反共主義者の巻き返しに会い翌9日の御前会議で降伏を決定。ソ連軍はアメリカからの圧力で日本まで侵攻できなかった。近衛公は天皇に対して、ソ連の占領下に入ることで連合国との戦闘を止められるから、退位もしかたないと説得したのよ。実際GHQの占領後、マッカーサーとの対談で天皇は自分から退位を申し入れている」

彼女は淡々と事務的に答える。

「極東軍事裁判やサンフランシスコ条約にソ連が加わらないのは、それが理由よ。ソ連は日本に対してサンフランシスコ条約以上の優先権を持っている。そしてロシアがそれを引き継いだ。それを証明するのがこのK文書」

「ふうーーん」

涼くんが頷く。

「でも」

私が横から口を入れる。

「今さらそんな80年も昔のことを掘り返しても、何も変わらないと思うけれど。ソ連はなくなったし、今さら北海道を渡すなんて、誰も賛成しないし。過去の事実がそうであったとしても、現状は何も変わらないと思う」

「私たちが欲しいのは北海道ではないの。日本のODA、政府開発援助よ」

「ODA?」

「そう。この文書をネタに日本をODAの交渉の席に着かせるのが目的。なぜ、中国があんなに経済成長したか分かる?日本がODAでせっせと中国の港湾やら空港、鉄道、高速道路、工業団地などインフラを整備したからよ。だから次はそれをロシアがもらう番だわ」

私と涼くんは顔を見合わせる。

彼女の言っていることは分かったけれど、あまりにも私たちから離れすぎている。別にロシアがODAをもらっても私たちは一向に構わない。それ以前にどの国にいくらODAが支払われているかすらも知らないから。

涼くんが口を開く。

「まあ、良いんじゃないの?君たちはその文書で日本からODAをもらい、僕たちは家に帰る。もちろん、このことは誰にも言わないし、言ったところで誰にも信じてもらえないだろうし。それ以前にこういう話題を言う相手がいないし」

と私を見る。

まあ確かに私もこんな話題を友達と話さない。もしネットに書き込んだとしても、数ある陰謀論の中の一つになってしまって、誰の目にも止まらない。だから、私たちは彼らには全く無害、いや無力。

彼が私の手を引く。

「じゃ、僕らは無関係だから。帰らせてもらうよ」

今まで淡々と無表情に話していた彼女の顔がさっと曇る。その動揺の仕方が意外すぎる。なぜ私たちが帰ることが彼女にそんな動揺を与えるのか、全く分からない。

急に彼女は感情を表に出し、イラついたような表情になる。彼女の予測不能な地雷を彼が踏んだのかも。

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