救助
突然、ドンッドンッという大きな音で目が覚める。
誰かが鍵のかかった扉を力ずくで開けようとしている。音の感じから扉は金属製っぽい。ガチャンっという音とともに扉が壊れ乱暴に開くと、誰かがバタバタと室内に入ってくる。それから私を包んでいる麻袋の口を解き、私の頭を出す。
涼くんだ。
彼は私の口からガムテープを外す。
「比呂美さん、大丈夫?」
私は声が出ない。まさか助けに来てくれるとは思ってもみなくて、完全に諦めていたから。何て言って良いか分からない。
「えっ、本当に来てくれたんだ」
こういう時はありがとうとか、嬉しいとか言うべきかもしれないけれど、それよりも先に
「でも、何でここにいるの?」
と野暮な言葉が先に出てしまう。
「ソフィアが手伝ってくれたんだ」
「ソフィア?ってもしかして、あの外人の女の子のこと?」
「そう」
「えっ、でも彼女は涼くんとは仲が悪かったんじゃないの?」
「そうだけど。細かいことは後で。まずは先に逃げよう」
彼は私の手首と足首のひもを解き、私の手を引くと、倉庫から連れ出す。
倉庫の外は短い廊下になっていて、薄暗い照明が天井に点いている。廊下の先に上へ続く階段があり、そこからまぶしい陽光が注ぎ込んでいる。今までずっと倉庫の暗闇の中にいたから目が明るさに慣れていない。まぶしすぎて手で目を覆い、もう一方の手を彼に引かれながら階段を上る。
階段を上ると、そこはかなり広い部屋。まだぼんやりだけど、少し慣れてきた目で周囲を見渡すと、どこかのリビングのような作りの部屋。壁際には棚があり、ちょっとした置物や飾りなどが並べてあり、その隣には、火は付いていないけれど暖炉がある。部屋の中央にはソファーとテーブル。部屋の南側は全面ガラス張りで広い海が見渡せる。この建物は海沿いに立っているみたい。
そして見覚えのある木箱。そう、金塊が入っていたあの木箱。
そしてそのすぐ横に金髪の白人の女の子が立って、木箱にもたれかかり一生懸命に何か書類を読んでいる。
「あっ、あの子。ソフィアだったけ?お礼言わなきゃ」
私が彼女に声をかけようとすると、彼が手を引っ張る。
「早く行こう」
「えっ、でも、助けてくれたのでしょう。だったらお礼を言わないと」
その時、壁際に太い棒のようなものが転がっているのが見える。その棒の先には靴が付いている。目を凝らしてみると、人の足。誰か倒れている。
あれっ
その近くの壁際に、もう一人倒れているのに気付く。そして、二人とも腹や胸、頭などから出血していて、ピクリとも動かない。
異様な雰囲気を察し、部屋を隅々まで見渡してみると、部屋の奥に2人のいかつい白人の大男が銃を構えて立っている。一人はクルーカットで、もう一人はひげもじゃ。
そして、その2人の銃の先に、元議員が両手を頭の後ろに組んで床に跪かされている。
銃を持った大男2人と壁際の2体の死体。
この部屋で何があったの?
良く見ると、壁に銃弾の跡がいくつかある。割れた飾り物が床に散乱している。
そうか、この部屋で銃撃戦があり、元議員の仲間のやくざをやっつけたのかしら。あの死体はやくざのもの?
とすると、この2人のいかつい男たちがやくざを殺したの?
私はどっち側?殺される側?それとも救われる側?
いかつい白人の大男は私たちには特に気を留めていないみたい。では、私を助けに来てくれた側の人なの?
ほっと安心する。
涼くんが早く行こうと手を引っ張る。
でも、この重苦しい異様な雰囲気の部屋から、何も言わずに出るのは逃げているみたいで気まずい。
言い訳がてらに、ソフィアに声をかける。
「ソフィアさん?あのー、涼くんから聞いたのだけれど、助けに来てくれたって。ありがとう」
彼女は全く私の問いかけには答えず、一心不乱に何かの書類を読んでいる。すると、私の声に気付いて、元議員が顔を上げ、小さい声でつぶやく。
「彼女は君の知り合いだったんだ」
彼は両手を頭の後ろに組まされて、まるで私が駅前のタワマンのソフィアの家に入った時に座らされたような処刑スタイルで座らされている。
そして、安心したかのように話し始める。
「君から私を助ける様に言ってくれ。何だったらこの金塊は、全部君たちにやろう。なっ。私は命さえ助けてもらえば、もう金塊なんかいらない」
元議員の問いかけに対して、ソフィアはまるで聞こえていないみたいに資料を読み続ける。私の感謝の言葉にも反応しない。
元議員が今度はソフィアに話しかける。
「私は敵に回さない方が良い。私の後ろにはアメリカが付いている。それもNSA、国家安全保障局だ。彼らは議会から合法的な殺害許可証、殺しのライセンスを得ている。それに世界中に展開する米軍を自由に動かせる。君らが世界中どこへ逃げようと、逃げるきることは出来ない。だったら、いまここで私に恩を売った方が得だと思わんか?君らはどこの国だ?ロシアか?それともヨーロッパのどこかか?」
ソフィアはずっと書類を読んでいたけれど、突然
「本物だわ」
と言い、視線を上げると同時に腰のホルスターから銃を抜き出し、元議員に向けて発砲する。