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人型自走電磁パルス兵器と地味で普通の女子高生の物語  作者: 岡田一本杉
長すぎたサマータイム
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求めていたもの

涼くんは、洞窟の縦穴から出れたかなあ?

もし縦穴がとても深くて構造が複雑で、抜け出るのに時間が掛かって、その間にバッテリー切れを起こしていたら、彼は2度と出て来れない。私も彼がどこにいるか分からない。もう2度と彼と会えなくなってしまう。そう考えると、何ともいえない喪失感が襲ってくる。

そして彼が縦穴の中にいたままであれば、誰も私がここにいると分からない。もし彼が縦穴から出られたとしても、私はヘリコプターで連れてこられたから、彼も追えないかしら。

どちらにしても、私の元に助けは来ない。

お母さんには、友達と長野に行くと言ってきたけど、誰と行くとか、細かい話はしてこなかった。お母さんが家に帰る深夜に、私が帰っていなければ不安に思って、警察に捜索届を出すかもしれないけれど、一応一晩待って翌日になる。

もう翌日かな?

そして捜索届を出しても、まさかヘリコプターに乗せられて、どこか海の近くまで連れてこられたとはだれも思わない。長野に行くといったから長野近辺か、長野行きを止めて埼玉周辺にいると思って、家の周辺を探すような気がする。

だって、金塊を探しているなんて、誰にも言っていないから。

本当は金塊を探していたのではなくて、元議員を撃った犯人を捜していただけで、それも自分を狙ったのかどうか知りたかったから。

そして、今はその狙撃が自分を狙ったものではないという確証をつかめた。でも、こんな複雑な話は誰にもしていなかったから、誰も私が何に巻き込まれているか分からない。

そう考えると、果てしなく絶望的な状況にはまり込んでしまったと気付く。

決して誰も助けに来てくれない。そして、元議員とその仲間は、私を口封じのために殺害を計画している。後数日?いや数時間で殺されてしまうかもしれない。

最悪の場合を覚悟しなければならない。

そんな言葉が心の中に浮かぶ。

すると、急に生きたいという強烈な欲求が胸に湧いてくる。自分でも驚くほどの強さの。

私にこんな欲求があったんだ、とびっくりするくらい。

普段毎日同じような生活を繰り返している時は、当然そんなことを感じたことはなかった。

普段は何となく先の見える生活を送っていて、人生をやり直してみたいという気持ちになることはある。

けれど、いざ死が目前に迫る状況になったら、私の本能は猛烈に拒否反応を示す。そして、そんな拒否反応を示す自分にびっくりすると同時に、私は意外と正常なんだと安心する。

ひんやりと床が冷たい。

何も見えなくて、周囲は静か。臭いはしないし、味は当然ない。唯一の感覚は麻袋を通しての床の感触のみ。五感のほとんどが無いため、頭の中でいろいろな考えがグルグルと暴走を始める。

やっぱり覚悟なんかできない。

もっと生きていたい。でも、生きて何をしたいかと考えてみると、特に思い当たらない。

海外旅行?それほど興味をそそられない。外国に知り合いはいないし。知り合いのいない所へ行っても景色を見るだけだから、ネットで景色を見るのと同じ気がする。

美味しい物を食べたい?好きな食べ物はスイーツだけど、コンビニのスイーツで結構おいしい。定期的に品ぞろえも変わるし。だから普段食べている。

高級料理に興味があるかと言われると、分からない。一度友達が課外活動で先生の手伝いをしたとかで回らない寿司屋、回転ずしじゃない寿司屋に行くことになり、一緒に連れて行ってもらったことがある。私の家は滅多に寿司を食べに外出しないし、したとしても100円回転ずし。でも、結局回らない寿司屋と回転ずしの味の差が分からなかった。だから、食に対してそれほど貪欲じゃない。

そう考えてみると、私は何をしたいのだろう?

特にしたいことはなくて、単に生きていたいだけ。それももちろんありだろう。本能的に死にたくないというのは正常な反応だと思う。

でも、もし、突然の病気で余命を宣告された時、私は何をするのだろう?

そのしたいことを健康なうちに先にしておかないと、後から後悔するとはっと気づく。でも、そのしたいことが何もない。

それは私が今の生活に満足しているということ?

今の私の生活は、毎日学校に行って、その後週の半分はバイトに行って、夜遅く帰ってきて、宿題をして寝るというもの。本当に何の変哲もない平凡な生活。そこに最近は涼くんが加わった。たわいもないおしゃべり。

それだ。

私が一番楽しいと思っていたものは、彼とのおしゃべり、いやおしゃべりそのものでは無くて、彼がいつも近くにいるということ。

自分が求めていたものを、すでに手に入れていたんだと気付く。

そっか、私は十分に幸せだったんだ。意識していなかったけれど、毎日幸せだったんだ。

じわじわと涙が出てくる。そして、一気に涙腺が崩壊する。ワーワー大声を出して泣きじゃくる。

今の状態が悲劇的だからという訳では無くて、もちろんそれもあるけれど、それ以上に自分が心の底から求めているものをすでに得ていたと気付いたから。まるでメーテルリンクの青い鳥みたい。

口にガムテープが張られているので声は出ないけれど、口の中と鼻から大きな息を出して泣いて、しばらく私は嗚咽を続ける。やがて泣き疲れて眠ってしまう。

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