蛇返しの滝
少し行くと、道に並行して小さな川が現れる。多分、この川の上流に蛇返しの滝がある。
すこしずつ周囲の雰囲気が変わってくる。今までは平らな森の中という感じだったけど、段々地形がごつごつした険しい岩場になる。
しばらく歩くと、”蛇返しの滝”と書かれた標識が見えてくる。
「蛇返しの滝、やっと着いたね」
標識に従ってさらに進む。左右の切り立った崖が迫り、道幅がだんだん狭くなってくる。歩くこと5分。東屋が見え、その奥から豪快な音が聞こえてくる。
「あっ、あった」
滝の横幅は3m位で、高さは約10m、3階建てのビルくらいの大きさ。白糸の滝みたいに岩の隙間から水がわき出ているのではなくて、はるか上に川が流れている。
真っ白の水しぶきを上げて水が怒涛の勢いで流れ落ち、その水は渓流となり、白い泡を出しながら川床の上を滑っていく。
なんかこの辺りの空気は心地よい。
水しぶき?湿気?俗にいうマイナスイオン?
岩に付いている深緑のコケも良い雰囲気を出している。滝が観光名所になる理由が分かる。
渓流の端を伝って滝のすぐ近くまで行き、首を伸ばして滝の裏を覗いてみる。普通の岩にしか見えない。薄暗くてよく分からない。
彼が先に進む。
「じゃ、ちょっと見てみるね」
「あっ、ちょっと待って。また濡れてしまうから」
「傘とか持ってきたの?」
「いえ、ない」
「僕、濡れても大丈夫だから」
「あー、そう?」
濡れることも気になるけれど、彼一人に全部任せていることに申し訳なくて、私も何か手伝えることがあればしたいという意味なのだけれど、でも私にできることは特になくて、結局彼に頼らなければならない。
彼が再び水の中に入り、滝の流れに打たれながら、裏の岩をコツコツ叩く。全身水だらけに濡れる。なかなか滝の水の流れから出てこない。
「どう?」
彼が滝の流れから出てきて、首をひねる。
「うまく岩やコケでカモフラージュされているけど、壁がコンクリートで出来てるっぽい」
「えっ、本当?」
「普通なら、岩と岩の間に隙間とかあるんだけど、そういうのが全く無い。表面はデコボコしているけど、どこにも隙間が無くて完全に密閉している感じ。多分人工物だと思う」
あの老人ホームの山田のおじいちゃんの話は本当だったのね。私はてっきりこのまま何も見つからずに家に帰るとばかり思っていた。
「開けてみる?」
「どうしよう?」
少しくらいなら穴が開いても良いかもしれないけれど、大きく地形を変えるほど手を加えていいのかな?
「でも、折角ここまで来て何もしないで帰るのはもったいなくない?」
「まあ、そうだね」
もともと洞穴はあったのだから、その入り口が開く程度であれば、問題ないかもしれない。
「じゃ、慎重にお願い」
彼は再び滝の水の向こうへ行くと、場所を見定めて岩石の壁をパンチする。2、3回パンチすると、ガラガラっという音とともに、壁にぽっかりと縦横10cm位の穴が開く。中は真っ暗。
彼はその穴の周辺を小刻みにパンチして、人が通れるくらいの大きさまで広げてる。横方向にも広げたから、滝の水流の横から水にぬれずに穴に入れるようになる。
わずか数分で縦横1.5mくらいの大きな穴が滝の裏から横にかけて、ぽっかりと開く。
洞穴の中は真っ暗で、外から覗いても何も見えない。
懐中電灯をリュックから取り出し、中を照らしてみる。すぐ近くの足元の岩盤は見えるけれど、ライトを水平に持ち変えると、奥はもう何も見えない。
私は彼の顔を見る。彼は興味満々といった感じで、入ってみたそう。
「涼くん、先に行ってもらえる?」
「いいよ」
彼はそう言うと、さっさと進んで行く。
「暗闇で目が見えるの?」
「うん、見えるよ。スターライトスコープに切り替わるから」
そういえば、前にもこんな会話したことあったっけ。そう、あれは確か京都の地下の下水道から地下水脈に入った時。私のとって洞窟に入るのは、これが2回目。
普通の人って、こんなに頻繁に洞穴に入るものなのかしら?それともたまたま私が多いだけ?
私はあまり洞穴は得意ではない。どこにも逃げ場がない気がするから。
でも、この洞穴は後ろの入り口から陽の光が入ってくるし、滝の水の音も聞こえるからまだ安心できる。
京都の地下水脈は本当に死の世界って感じだった。今から思えば、よくあんな所に行けたなあと、過去の自分に感心してしまう。あそこに行けたのだったら、この洞穴は初心者レベルなので、多分大丈夫。
懐中電灯を持ちながら進む。洞穴の床がかなりデコボコしている。
「この洞穴、結構、起伏が激しいね」
「多分、溶岩流の空洞なんだと思う。さっき看板に書いてあったろ。この辺りの地形は浅間山の噴火の溶岩が固まったもので出来ているって。地表にさらされた空洞は雨風で削れたり埋まったりするけれど、地中の空洞は昔のままの姿で、デコボコが残ってるんじゃないかな。あっ、そこ気を付けて」
彼が手を引っ張って私を持ち上げてくれる。私が足を着こうとした地面を振り返ると、そこには地面は無くて、底なしの縦穴がぽっかりと口を開けていた。
「もう少しで落ちる所だった」
背中をゾクゾクっと冷汗が流れる。