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人型自走電磁パルス兵器と地味で普通の女子高生の物語  作者: 岡田一本杉
長すぎたサマータイム
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白糸の滝

昼近いこともあってお腹が空いてきたので、近くのベンチに座って、持ってきたおにぎりをリュックから出す。

「じゃ、いただきます」

彼と一緒にどこかに出かけた時はいつも、食事時が気まずい。私一人が食べることになるから。

「一緒に食べる?」

とおにぎりを差し出すけれど、彼はいつも

「いらない」

と答える。

アンドロイドの体だから、おにぎりを食べられないとは知っているけれど、つい言い訳のつもりで同じことを聞いてしまう。

落ち着かないながらも、空腹には勝てなくて、彼の隣で一人でおにぎりを食べる。2個目を食べ始めたころに、バスの団体客が帰って一気に客の数が減る。

一応水の中に入ることも考えて、長靴を持ってきたので、観光客が一人もいなくなったら池の中に入り、奥の滝の壁を調べてみるつもり。

おそるおそるリュックから長靴を出すと、

「僕が見てくるから、比呂美さんはここで待っていて」

と彼は言う。

残りの客も全員帰り、滝の前には私たちだけになる。すると涼くんは普段の靴のまま池の中に足を入れる。

「あっ、長靴は?」

という間もなく、ポチャポチャと池の中を歩いていく。

池は底が見えるくらいに浅く、所々深い所もあるようだけれども、平均30cmくらいで、歩いて向こう側に着く。そして落ちてくる水の流れに全身入り、裏の壁をコツコツ叩いて調べる。

頭から滝に打たれて、まるで修行僧みたい。

もちろん服はびしょびしょ。私は岸で見ているだけ。

いつも彼におんぶにだっこで申し訳ない。今も私だけ食べて、水の中に入る大変な仕事は彼だけが行っている。

すると後ろの方から人の話し声が聞こえ、振り返ると中年女性の2人連れがやってくる。彼女たちは涼くんが池の中に入って、滝に打たれてるのを見て、

「まあー、あの子」

と呆れたような、非難するような声を上げる。私は急いで彼に戻るように手招きし、彼は全身ずぶ濡れて戻ってくる。

「何も無かった」

「それより早く、道に上がって」

彼が遊歩道に上がると、全身から水がしたたり落ちて足元に水たまりができる。

先ほどの中年女性らは

「あらー、何やってんのかしら?最近の若い子は」

とか、言いだす。

急いで彼の手を引いてその場を離れながら、私はリュックからタオルを出そうとする。

「すぐ乾くから良いよ」

「でも、風邪ひくし」

「アンドロイドだから、ひかないよ。むしろ体温低下は心地良いことだから」

あっ、そうか。風邪はひかないんだ。でも、びしょ濡れだと、何かと人の目を引くから、歩きながら頭だけは拭いてもらう。

少し歩くと、彼の足元に水たまりは出来なくなったけれど、全身の服がびしょ濡れなのは変わりない。歩くたびに、びしょっびしょっと靴から変な音が聞こえるし、このまま大勢の中に行くと、目立つのは確実。

次に蛇返しの滝を見に行かなければならないのに、これではバスに乗れない。

バスで5分くらいだから、歩けるかもと思って携帯で距離を調べてみると、4kmくらいある。まあ、歩けない距離ではないけれど、2時間くらいかかるかも。

まだ昼近くだし、時間的には大丈夫だから、歩くことにする。

車道沿いに進むことも出来るけれど、調べてみると山中にトレッキングコースがあるみたい。せっかくだから自然を満喫したいし、出来るだけ彼が人目に付かないようにもしたい。全身濡れている人が歩いていると、人から奇異の目で見られてしまうから。

「信濃路自然歩道っていうのがあるようだから、その道を歩いて行かない?」

「もしかして、濡れた僕が人目に付くと困る?」

「そういう訳では無いけれど。折角だから自然の中の方が良いかなと思って」

ルスラナと会って以来、彼は私に気を遣うようになっている。

それまではちょっと不遜で、居候の割に態度が大きいなと思っていたのに。でも、私的には前のように大きい態度の方が良くて、今みたいに遠慮されてしまうのと心苦しい。

自然遊歩道は舗装されておらず、地面に木の根や大きな石、時々折れた枯れ枝などが散らばっている。けもの道ほど小さくはないけれど、白糸の滝周辺の整備された遊歩道とは全く違う。

遊歩道の周りは見渡す限り木。ブナやシラカバ、カラマツ、シダかな。一面緑で、森林浴を満喫できる。時々車の音が聞こえるのは、バスでやってきた車道が近いからなのかも。

クマ出没注意の看板がある。こういうのは涼くんがいるから、全く怖くない。

倒木にキノコが群生している。地味な色で食べられそうだけれども、専門知識が無いから毒の有無が分からない。毒が無ければお母さんにお土産に取って帰ろうかとも思ったけれど、それ以前に勝手に自然の物を採取してはいけないかも、と気づく。

こんな山の中に、彼と2人きりっていうのが、うれしい。

ごくまれに、向こうから歩いてくる人に出くわすことがある。

「こんにちは」

突然、声をかけられたので、私たちもこんにちはと返答する。

山の中では、知らない人でも挨拶をするのかしら。

もう涼くんの服はほぼ乾いているので、特に不思議がられることはない。

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