滝
「おじいちゃん、何か思い出した?」
「無理無理、何にも思い出せへん」
「じゃー、もうちょっとかな」
しばらく彼は老人の白髪すらも残っていないつるつるの頭を撫でまわす。
「おじいちゃん、さっきの話の続きだけど、軽井沢で何してた?」
「軽井沢でか?親方が次の汽車の手配するまで、みんなでぶらぶらしてたなあ。周りは何にもなくて、畑すら無くて一面原っぱやったなあ。停車場で花札やったりとかな」
「終戦を知った後は?」
「あー、親方がみんなを集めて、方針が変わったとか言ってたな。あー、そやそや。思い出した。汽車が手配出来ひんから、トラック借りてきて、トラックに荷物、載せ替えたんや」
「うん、それから」
「わしら、トラックで中山道を西へ長野行くかと思ったら、雇い主のお役人が北上せい、ちゅうたんや。浅間山の方や。でもちょっと山に入ったところで荷物を下ろし、道から外れて荷物担いで山道に歩いて入ったんや。ごっつ重いし疲れたわ」
「それで」
「少し進むと滝があってな。その滝の裏側が洞穴みたいになってたから、そこに荷物を置いて、セメントで蓋したんや。セメントは別のトラックに積んであったな」
「それから」
「それだけや。そこで解散になって。親方からこのことは誰にも言うなちゅうて、余分に運び代もらえたな」
私が横から口を出す。
「その時、一緒にいたのは誰ですか?」
「人夫が5,6人と、親方。あとお役人や。こいつが一番偉い」
「お役人は、どんな人でしたか?」
「んー、どんな人ねー。直接口利いたことなかったなー。内務省とかなんとか言ってたな。新潟まで荷物運ぶから、親方雇って。そんで親方がわしらを雇って」
「どう?満足した?」
涼くんが私に聞く。
うんと頷くと、簡単な滝の場所の地図を老人に書いてもらう。
それから、私たちは老人ホームを後にする。
駅までの裏路地を歩きながら、山田のおじいちゃんに書いてもらった地図を見る。軽井沢の北側の滝。ネットで調べたら、白糸の滝が出てくる。その滝の裏側に金塊がある。
普通だったら、すぐに行くべきだろうけれど、あいにく私には軽井沢までの交通費が痛い。
確か軽井沢までは在来線が無くて、新幹線に乗らなければならない。
「どう?行ってみる?」
帰り道を歩きながら、涼くんが聞いてくる。
「どうしよう?最初の目的、議員さんを撃った犯人の動機を調べることは、この金塊の情報に近づいた漆丸議員さんを狙ったということで、達成できたと思う。だから、これからどうしようか、本当に悩む」
「行ってみたら?」
「なぜ?」
「そういうチャンスや、新しいことに挑戦した方が、メンタルが正常に保てるから」
「メンタル?」
「うん、最近、比呂美さん、ちょっと元気無さそうだったから」
「えっ、そう?確かに、目の前で人が撃たれたことはあるかもしれないけど」
「その前から、何となく」
それは私と彼がルスナラに廃棄物粉砕機に落とされそうになって以来、彼が私を避けているように思えたから。
彼はアンドロイドなのに、いろいろ私を観察しているから、ちょっと怖い。もちろん良い意味で。
「気分転換や良い刺激になると思う。もし予想通りの結果、つまり金塊を発見できたという結果にならなくて普通だし、反対に発見出来なくても、誰も何も言わないし。軽井沢までの遠めのピクニックに行ったと思えば良い。試してみて何も損することはないと思う」
「じゃ、交通費が溜まったら、行こうか」
と、結局軽井沢へ行くことになる。
それから出発までに、軽井沢についていろいろ調べる。
新幹線を使うと高いから、他に良いルートがないかも検索して、大宮から在来線で高碕経由で横川まで行き、そこからバスで軽井沢へ行けることが分かった。それだと交通費をかなり安く抑えられる。
また、軽井沢は意外と近くて、朝早く家を出れば日帰りが可能そう。すると宿泊費を削れるからお得。
さらに周辺に滝は5つもあることが分かる。白糸の滝、蛇返しの滝、千ヶ滝、血の滝、魚止めの滝。
老人ホームの老人に書いてもらった地図はかなり不正確で、滝の位置が5つの滝の内のどれに当たるか分からないけれど、千ヶ滝、血の滝、魚止めの滝は小さな滝で、滝の裏に洞穴は無さそうだから、白糸の滝、蛇返しの滝のどちらか。2つならどちらも見に行けそうだから、2つとも調べよう。
滝の中に入るから、ブーツじゃ物足りないので、数年ぶりに長靴を出した。たしか中学の時に大雪が降って、その時に買ったもの。ちょっとしたくらいの雨ならブーツで事足りるから結局一度も使わなかったけれど、こんな時に使うことになるとは。
あと、懐中電灯も必要。荷物を置いたのは滝の裏の洞穴の中だと、あの老人は言っていたから。洞窟って天然の穴な訳だから、観光地でもない限り電灯なんか付いていないはず。