おまじない
「人夫やってねー、今でいう荷物運び。知り合いに頼まれてトラックに乗せられて行ったのが日本橋やったなー。そこに日本銀行ちゅう銀行があって、その地下金庫から荷物を運び出したんや」
「いつ頃の話ですか?」
「空襲が時々あったから、戦争中じゃったなー」
老人は続ける。
「金庫ちゅうても、ほとんど出納帳ばっかりで何にも目ぼしいものは無かったんやけど、その中から木箱を1つ運びだしたんや。銀行の係りの人がそれを帳簿に書こうとしたら、うちらの雇い主がそれを止めたんや。その時の景色がよう記憶に残っとる。”記録せんで良い”と言ったら、係りの人が随分抵抗しおったさかい、雇い主のお役人が胸ポケットから紙を見せたんや。そしたら係りの人はしゅんと音無しくなって。まるで水戸黄門の紋所みたいやなあと眺めとった」
「その木箱の中身は何だったのですか?」
「その時は、わしらは何も知らされてのうて、知らんまま運んどったけど、汽車の荷台に乗せる際に、一度誰かが落として木箱が開いたことがあったんや。そしたら、金の延べ棒が出てきおって腰抜かしたわ。急いでバレんように蓋したけど」
これだ。これが漆丸議員が知りたがっていたことだ。
「その後、どうなったのですか?」
「木箱を汽車に乗せて、上野から上越線で新潟を目指したんや。わしらも一緒にな。でも、高碕についた時になー、上越線のこの先の線路が米軍の爆撃を受けたちゅうて不通になってなー。信越線で長野経由で新潟向かうことになったんや」
「新潟へ向かう理由は、ご存じですか?」
「そんなもん、知らん。言われたから運んだだけや」
「そうですか。ええ、それで」
「長野行くには、まず軽井沢に行かなあかんかったんやけど、今は新幹線でビューっと一飛びやけど、当時は碓氷峠ちゅうてな、すっごい急で険しい峠を越えないと行けへんかったんや。そやから、峠専用の汽車に荷物を載せ替えて、峠を苦労して超えたんや」
私は老人を注視する。
「峠越えて軽井沢に着いたら、今度は長野行の汽車の手配をするんや。荷物載せれる汽車は走ってなかったさかい。でも、その手配中に、玉音放送が流れたんや」
「玉音放送?」
「終戦や、戦争終わり」
「良かったですね」
「良かったも何も、いろいろ食べ物が無かったり不便してたし、いつ空襲があるか分からんし、そういう不安が全部無くなって。ほんま良かったで」
「うんうん、それでその荷物はどうされたのですか?」
「荷物?なんやそれ?あー、荷物か。新潟運んでたやつか?忘れた」
「忘れた?」
「緊張の糸がプチンッと一気に切れて、人夫によっては里に帰るとか言い出すやつも出てくるわで、わしも一緒に帰ったような気がするんや」
そこが一番大事な所なのに。
「漆丸のオッチャンも、そこ聞きたがってたなー。でも、もう何十年も昔の話やさかい、どう頑張っても思い出せへんね、ごめんなー」
「いえ、大丈夫です」
漆丸議員は終戦直後に日銀から持ち去られた金塊を探す活動をしていて、大部分はアメリカに持ち去られたと思われていた。
でも、この山田さんの話が正しいとすれば、その一部が日本国内に残っていたと分かる。そして、漆丸議員さんはその金塊も回収しようと考えた。だから、彼はこの金塊の場所を探していたのかしら。
しかし、彼もこの老人からは金塊の場所を聞き出すことが出来なかった。
一方、他の誰かもこの金塊を狙っていて、漆丸議員が邪魔になったから彼を狙撃したというストーリーが考えられるかも。
その話の筋は通っているし、動機としても十分。
そしてこういう情報とストーリーは、私にはとても満足いく結果。
なぜなら、狙撃された原因が私や涼くんがらみではないから、ルスナラが犯人ではないという確信ができる。つまり私を狙った狙撃の流れ弾で漆丸議員が亡くなったという自責の念を薄めることができるから。
良かったと言えば変な話だけれど、漆丸議員が亡くなったのは私のせいでは無かった。彼の政治家としての職務のせいだとすれば、私の気は晴れる。もちろん亡くなってしまったのは気の毒なことだけれど、政治家が自分の職務で命を落とすというのは不名誉なことでは無い気がする。
「良いお話を伺えました。ありがとうございました」
深々とお辞儀をして、私は老人の元を去ろうとする。
「じゃ、帰りましょう」
と涼くんの方を向く。
「僕なら彼の記憶を取り戻せるかもしれないよ」
えっ?
「僕の手から微弱な電磁波を出して、このおじいさんの大脳辺縁系の海馬を活性化できるかもしれない。もちろん確証は出来ないけど、古い記憶を思い出させる効果はある」
「でも、危険なことはないですか?」
「全然。むしろ今後のボケ防止につながる」
私は少し考える。
今から80年くらい前の金塊の話なんて、一種の都市伝説で、徳川の埋蔵金伝説みたいに胡散臭い話だと思っていた。どうせ有りもしないものだと最初から思い込んでいた。
でも、今、目の前にその金塊の運搬に直接関わった人がいて、当時の様子を思い出すことが出来るかもしれない。もちろん何十年も前の話だから、現在までに誰かが金塊を他の場所に移したり、持ち去ったりしている可能性は十分ある。
でも。
話を聞くだけなら、良いかもしれない。もっと詳しい話を聞けるのならば、聞いておいた方が良いかも。オチまで聞いておかないと、学校で友達と話す時にも話のネタにならない。
「じゃ、お願い」
彼は老人の頭に手を伸ばす。
「おじいちゃん、ちょっと良い?」
「な、な、なんじゃ?」
「ちょっと記憶を思い出す、おまじない」
「そんなもん、効くんかいな?」
彼は両手で、老人の側頭部を両方から挟むと、少しずつ手の位置をずらす。何かの場所を探しているみたい。