チラシ
それから数日は、悶々とした気持ちの日々が続く。
誰がどういう形で関わっているか分からないまま、時間だけが過ぎていく。でも、どうやって調べればよいか、きっかけさえつかめない。
バイトがオフのとある週末。
ベッドに横になって、携帯のカメラで撮った、議員さんの奥さんに見せてもらったスケジュール帳の写真を眺める。
政治家だから当然だけど、彼はすごくいろんな人に会っている。
一番多いのが会食。スケジュールを探すと、経団連の誰々とか、地元の支持団体の会長とかいろいろある。他に省庁へのヒアリングというのも多い。ある時期だけ急に小委員会とか、審議会というスケジュールが増えるのは国会の会期中なのかもしれない。
ベッドの横になりながら、写真を順番に眺める。
国会議員というのは、地味で退屈な仕事に思える。こんな仕事をしている人が狙われることがあるのかしら?やっぱり狙われたのは、私の方?
ここ数日、私の身の回りに何も危険なことは起こらなかったから、もしかしたら私と涼くんの生活は意外と大丈夫かもしれない。
ふっとそんな思いが頭をよぎる。そして、日々の忙しさとテストの準備などで、段々事件のことを忘れ始めていた。
ある日、学校から帰ってきて自宅のポストを覗くと、チラシが何枚か入っている。ほぼ全部ゴミ箱へ捨てるのだけれど、1枚なぜか気になる。
”ライフセンター浦和”
どこかで聞き覚えがある名称。チラシを見てみると、老人ホームの宣伝。施設拡張が完了したため、追加で入居者募集とある。
私もお母さんも、まだまだ先の話だから、老人ホームに縁は無いと思うけれど、どこかでこの名称に聞き覚えがある。
どこだったけ?
気になりながら家に入り、宿題を始める。
だけど、頭の片隅に、さっきの老人ホームの名称がこびり付いて勉強に集中できない。仕方がないから、気分転換にベッドに横になる。本当なら外へ散歩へでも行きたいけれど、そんな時間は無いし。
食器棚からお菓子を取ってきて、ゴロゴロしながら食べる。まったりした気分になる。また宿題に続きをしよう。その前に携帯の確認でもしておこう。
そう思って携帯をカバンから取り出し、メールやチャットのチェック。特に急いで返信する必要のものは無い。ついでに、この前の議員さんのスケジュール帳の写真も見てしまう。パラパラパラとめくって、何気なく眺める。
その時、写真の中にライフセンター浦和の文字。
あっ、ここだったんだ。
さっきから頭の片隅に引っかかっていたトゲが取れる。
漆丸議員は数か月前に1度訪ねていた。そして、その1か月後に暗殺された。
何か関係があるのかしら?たまたま偶然という可能性もあるけれど。
私のイメージでは、老人ホームにいる人たちは自分で生活できないような後期高齢者と、その生活の世話をする介護士の人たち。
漆丸議員さんは文部科学省だから、仕事柄は関係ないはず。
なぜ老人ホームへ訪問したのだろう?
身内がいたのなら、定期的に訪問するはずだけれども、この日以外は一度も訪ねていない。自分や奥さんの入所の検討には早すぎる。
ちょっと気になる。
再びチラシを見てみると、浦和駅からすぐ近くで歩いて行ける距離。浦和まで大宮から電車で10分くらいだから、往復で半日かからない。行ってみれば、誰に会ったのか、なぜ老人ホームへ行ったのか、分かるかもしれない。
テストが終わったら、気分転換に行ってみよう。