監視カメラ
彼は集中するような顔をする。ネットに接続する時のしぐさ。
「ちょっと待って。サーバーに接続できたから」
これでもない、あれでもないと、独り言を言いながら何かを探しているみたい。
「あー、あった。あった。これだ。当日の狙撃時のそれぞれの関係者の配置図。このままだと比呂美さんには見えないね。比呂美さんの携帯に転送するよ」
携帯を見ると、画面に学校のグラウンドを真上から見た図が表示される。中央にグラウンド、その端に表彰台がある。グラウンドの横に隣接する数軒のマンションが外枠だけあり、表彰台の上に、私と議員さんの位置を示す丸印が手書きで記入されている。
マンションの一つに、“監視カメラに不審者あり”とある。でもそのマンションは私の立っていた位置の真後ろではなくて、かなり横に離れている。そのマンションから表彰台まで直線が引かれ、“弾道?”と手書きが加えられている。警察の人たちは不審者の映像から最初は発射場所をこっちのマンションと思ったのかしら?この直線は私からかなり離れて議員さんに命中するので、私が音や風圧を感じるということは無い。
表彰台までもう一本別の線が引かれ、それには“目撃証言”と同じく手書きがあり、その直線は私が表彰台で立っていた時の真後ろのマンションへつながっている。この直線は、私の耳のすぐ近くを通り、議員さんに当たった弾丸の通り道と一致する。でも、この弾丸の発射場所のマンションは、不審者が映った監視カメラのマンションの2軒隣。つまり私の証言を元にすると、監視カメラの不審者は無関係になってしまう。
私の家に来た警官が納得いかなそうな顔をした理由が分かった。彼らの当初の犯人の目星が私の証言で消えてしまうから。
でも、実際に私は弾丸の音、風圧を感じて、だからあの時、とっさに振り返った。
私にも訳が分からなくなってくる。
「私は確かに風圧のようなものを感じたのだけれど」
「じゃ、弾丸の鑑識の結果がないか、調べてみようか?」
彼はそのまま調べ続ける。
「あった、多分これかな。グラウンドの地面にめり込んでいた弾丸を回収、とある。レポートは、えーと」
彼はそれを読んでいるみたいで、時々ふむふむと頷く。
「あれっ、これ、タングステンだ。なんでだろう?」
「どうしたの?」
「普通、暗殺には、鉛のソフトポイント弾またはホローポイント弾という柔らかくて貫通力は弱いけれど、対象に当たると開くように変形する殺傷力の強い弾が使われるんだ。でも、今回の漆丸議員に対しては、タングステンというとても硬い材質のフルメタルジャケットという弾が使われている。通常、固い壁などの貫通に使われる弾で、例えば戦車の装甲とか。これは人間に当たっても小さな穴を空けて貫通してしまうので、致命傷になりにくいんだ。なんでこんな弾を使ったのだろう?」
彼はしばらく考え込む。
「とても珍しい弾で、日本の銃砲店には売ってない。だから犯人はプロだと思う」
プロ?銃のプロって、どういう意味かしら?映画みたいな殺し屋が実際に存在するという意味?
そういえば、あの外人の子はスペツナズというロシアの特殊部隊だと、彼は言っていたのを思い出す。そういう特殊な弾を入手することも出来るかもしれない。
「監視カメラに映った不審者って、涼くんは見れる?」
「うん、探してみるよ」
しばらくして再び私の携帯に転送してくれる。白黒のかなり荒い画像。
マンションの駐車場の映像で、端から黒い作業着を着た人の後ろ姿が駐車場を横切って外へ出ていく。このマンションは駐車場は出入り自由みたい。作業着の人は帽子を深くかぶって、ゴルフバッグみたいな大きな細長い鞄を背負っている。ほんの数秒の映像で、手がかりとしては無に等しい。マンションの管理人の話ではこのマンションの住人ではないという。
でも、ひとつはっきり分かることがある。それはこの人物が女性だということ。体格や歩き方が男性のそれとは違う。でも後ろ姿なので顔は全く分からない。
「これじゃ、分からないね」
「ちょっと待って。これサイドミラーじゃない?」
と映像の中の駐車場に止まっている車のサイドミラーを指さす。
「そうだけど。どうなるの?」
「もし顔が映っていたら、補正できるかもしれない」
彼はサイドミラーをズームアップする。確かに何か映っている。
「倍々で補正してみる」
画像の荒い画素が少し細かくなったみたい。同時にサイドミラーに映った映像が、人の正面から見た顔だと分かるようになる。さらに画像の目が細かくなると、人の顔の特徴が認識できるようになる。でも、まだ目、鼻、口くらいしか分からない。
「すごい。人の顔らしくなってきた」
「今度は色を付けてみるね。同じ白黒でも元の色によって傾向が変わるから、カラーに復元できるんだ。ついでに画素ももっと細かく」
私の携帯に、サイドミラーに映る人の顔がカラーでかつ精彩になって送られてくる。その顔を見て、はっと息をのむ。