どっちを狙った?
そんな流れで、私は全校集会で表彰されることになり、今日に至った。
そして、私の目の前で、政務官である議員さんが狙撃された。
議員さんはグラウンドの地面に横たわり、意識がなさそう。
「しっかり意識をもってください、先生」
お付きの人もしくは秘書さんが、彼に一生懸命声を掛けているが、ほとんど反応はない。
グラウンドでは一部の生徒が走って逃げだしたのにつられて、他の大勢がぞろぞろと校舎に走り出している。
先生たちはどう指示をしたらよいか分からず、完全に流れに飲まれている。
私はどうしたら良いのか分からず、その場に立ち止まる。目の前に倒れている人がいる。だから何かお手伝い出来ることがあれば、お手伝いしたい。このまま何もせずにこの場を離れるのは薄情な気がしたから。けれど、狙われたのは多分私。そうすると早く物陰に隠れた方が良い。どうしよう?
「矢野さんは、大丈夫だった?」
突然、後ろから教頭先生に声を掛けられる。
「はい」
と、振り返りざまに答える。
「もう教室に戻りなさい」
「議員さんは?」
「私たちに任せておきなさい」
促されるままに、私は教室に向かう。どの経路で教室まで帰ったか覚えていないけど、気が付いたら、教室の自分の席に座っていた。
遠くから救急車のサイレンの音が聞こえ、すぐ近くでサイレンが止まる。そしてしばらくの後、再びサイレンの音がして、段々遠くなる。
かなり長い時間、ぼーっとしていた。
さっきの狙撃は、誰を狙ったのだろう?
最初は私を狙ったものかと思ったけれど、考えてみるとその後に2発目の発砲がなかった。もし私を狙っていたのであれば、私を外した時点で2発目を撃つと思う。だから狙いは私ではなかったのかもしれない。
そう、考えてみれば、私のような子供が狙われる訳がない。そんなことを思いつくのは自意識過剰な証拠。
議員さんの方が社会的に重要な立場だから、普通は彼が狙われたと思う。現にさっきの狙撃の現場ではみんな議員さんを庇うようにしていた。
でも、どうしても、心に引っかかるものがある。
数か月前に産業廃棄処理場で、涼くんを粉砕機に突き落とそうとした外人の女の子が、何か気になることを言っていた気がする。確かロシアの何とかという組織に入っていろいろ訓練を受けたと。
そして彼を粉砕しようと試みたけれど、それを実行中に私が妨害した。そのことで、今度は私が障害と思って、先に私を片付けようとした可能性はある。彼女の尋常ではない気迫が鮮明に記憶に残っている。1回で諦めそうには思えない。
私と議員さん、どっちを狙ったのだろう?全然分からない。
誰かに相談したいけれど、とても相談できる内容ではない。この事を誰かに相談すれば、なぜ私があの外人の女の子を知っているのかということに行き当たり、そこからさらに涼くんの存在を明らかにしなければならなくなる。そうすれば、多分彼とは一緒に暮らせなくなる。
彼はそれを望んでいるのだろうか?
少なくとも私は望んでいない。今の状態が決して最適とは言えないと思うけど、いつも近くに彼がいるという状態は、なんだか安心できる。
もちろん、彼の存在を聞かれたら隠すことでは無いけれど、自分からわざわざ言わなくても良いかもしれない。
そう決めた。とりあえず、今はそうしよう。
涼くんのことを表沙汰にはしたくないから、あの外人の女の子の話もしない。すると私が狙われた可能性の話も無しで、さっきの狙撃で狙われたのは議員さんということ。普通の人はみんな、そう考えるし、それが一番納得のいく考え方。私もそれに従う。
ちょうど自分の考えがまとまった時に、友達が私の席にやって来る。
「大丈夫だった?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
お互い次の言葉がなかなか出ない。当たらなくて良かったね、なんて軽い話ではないし、かと言って、今考えていたことを口にしても混乱させてしまうから。
「怖かった」
ボソっと私は言う。実際、これは私の本音。狙撃の直後は実感がなかったけれど、今になってじわじわと恐怖感が襲ってくる。あの時、もう少し私が左に立っていれば、弾丸は私の頭に命中して私は即死だった。多分、一瞬の出来事で、痛いとも思わないだろうけど。
彼女は無言で私の手を握ってくれた。
やさしい。
こういう時に、人のぬくもりは心の不安を取り除く効果がある。
ガラガラっと教室の扉が開いて、次の授業の先生が教室に入ってきた。
「おーい、座れー」
と声を上げたので、友達は
「じゃーね」
と自分の席に戻る。
みんなが自分の席に付くと、先生はクラスが静まり返るのを待ってから
「今日、大変なことが起こった。みんなも既に知っていると思うけど、当校に来ていた政治家が撃たれた。警察が捜査してるけど、まだ犯人は捕まっていない。だから職員会議で話し合って、今日は校舎の外に出ることを禁止な。下校のタイミングはまた後から連絡するから、それまではいつもの授業を続ける。グラウンドでの体育の授業は自習に切り替えだ」
いつもは威勢の良い先生だけれども、今日は神妙な面持ちをしている。それから
「矢野、大丈夫か?」
と、突然私に振る。
「はい」
と無難に答える。実際、怪我などはしてないから。
結局その日はいつも通りの授業をして、いつもと同じ時間に下校した。