見知らぬ番号の電話
それから1か月ほど経った。
もう金の延べ棒を拾ったことは、全く忘れていた。
私的には金の延べ棒を拾ったことより、涼くんにどこか遠くで二人だけで暮らそうと言われたことの方が印象深くて、その時はその場の勢いで断ってしまったけれど、今でも有効なのか聞いてみたかった。例えば、高校卒業後とか。
それに、何で突然そんなことを言い出したのか、真意も知りたかった。けれど、毎日顔を合わせて一緒に暮らし続けて、だからいつでも聞けると思うと、ちょと小恥ずかしくてなかなか言い出せないでいた。
こんどこそ、タイミングを見つけて彼に聞いてみよう、そう決心して結局聞けないことの繰り返し。
そんなことを続けながら、バイトがオフの日に家で宿題をしていたら、携帯に見慣れない番号から電話がかかってきた。セールスなら0120から始まる場合が多いけど、03から始まっていた。
誰だろう?
この付近なら046だから、知り合いからではない。
知らない電話番号には出ないことにしているけれど、なぜかその時は出てみようという気になった。
「はい」
「矢野比呂美さんの携帯でしょうか?」
「はい」
「私、警視庁会計課遺失物センターの向井と申します。先月、矢野さんの方で取得された物件について、ご連絡差し上げました」
「あっ、はい」
要領を得ない返事をした後、思い出した。先月、金の延べ棒を拾って届け出たことを。
あの後ネットで調べてみて、拾い物をした場合お礼として拾ったものの価値の1/10くらいもらえると書いてあった。
あの金の延べ棒が本物ならいくら位するのだろう?全く見当がつかない。
一億円?そうだとすると、その1/10で1000万円もらえることになる。
一瞬胸が高まった。
「取得された物件の所有者が判明しまして、通常ならば謝礼が支払われるのですが、今回の場合はちょっと特殊な事情となりまして。取得された場所が隅田川河川内ということでしたので、一級河川、つまり国が管理する河川ということになります。物件の所有者は鑑識の結果日本銀行と判明し、確認が取れました。ただ、日本銀行は国の銀行ということもありまして、その所有物が国の管理するエリア内にあったため、遺失物には当たらないと判断されました」
んんっ?
「そのため、今回せっかく届けていただいたのですが、取得物には当たらないということになりましたので、えー、謝礼は支払われないことになります」
まあ、現実的には、そういう流れになるだろうとは思っていた。私はあっさりとあきらめた。急に大金が手に入るなどという夢物語は実際には存在しない。
「分かりました」
所有者が日本銀行だと、今初めて聞いた。すると、あの金塊は本物だったのだろうか?それだけ聞いてみよう。
「あのー、あの金の延べ棒は本物だったのでしょうか?見た目は本物に見えたのですが。今、日本銀行と伺ったので」
「はい、確かに本物の金でした。なぜ金塊が川の中へ?と思われると思いますが、戦後の混乱期に、一時的に川の中に保管したという記録があり、銀行自らが意図して川に沈めたということです」
「あー、なるほど。分かりました」
本当はあまり分かっていなかった。銀行が川の中に保管?そんなことってあるの?
けれど、落とし物ではない、落とし物として処理はしたくないという意志のようなものは分かった。
電話を切った後、それほどがっかりはしなかった。もともと謝礼をもらえるとは思っていなかったし、それ以前に電話を受けるまで、完全に忘れていたから。