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人型自走電磁パルス兵器と地味で普通の女子高生の物語  作者: 岡田一本杉
長すぎたサマータイム
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夜の運河沿い

パリ公園の先端から運河沿いに歩き始めた。運河に目を向けると、川面に光が反射してキラキラまぶしい。運河の向う側は、工場?倉庫?のような大きな建物が建っていて、そのもう少し向こうにはマンションがいくつかあった。

隅田川より少し幅広いかも。対岸の建物への距離感を感じる。

石段に座って、ちょっと休憩。周囲は、夕焼けから暗闇へ移行途中で、段々薄暗くなり始めていた。

私たちの背後は、ものすごく背の高いマンションが数本立っていて、ぽつりぽつりと居室に明かりがつき始めた。

「すごく背が高いね、後ろのマンション。こんな所に住む人って、どんな仕事しているのかなあ」

涼くんも後ろを見て、マンションを見上げた。

「普通の会社勤めの人だと思うよ。築年数もそんなに新しくなさそうだし」

「でも、私の家よりは裕福なはず」

しばらく沈黙の後、彼が続けた。

「住んでみたい?」

「うーーん、どうだろう」

ちょっと考えてみたけれど、実はそれほど住んでみたいという気持ちは無かった。

私が学校に通うのと、お母さんがお店に通うのが遠くなってしまうし、もしそういう事情がないと仮定しても、今のアパートで結構快適。もともと母子二人だけだから、あまり広い家は必要ないし。あっ、涼くんを含めても、その存在はお母さんに内緒だから、やはり小さな収納スペースで事足りてしまう。

そして、もんじゃ屋さんで彼とした話を思い出した。

もしいくらでも合法的にお金が手に入るとしたら?

彼はハッキングして絶対にばれない方法でお金を手にすることができると言っていた。

ハッキングではなくて、宝くじなどで、仮に1億円が手に入ったらどうするか?

考えてみたけれど、多分、貯金すると思う。

特に、買いたいもの、食べたいもの、欲しいもの、行ってみたいところ、ぱっと頭に思いつかない。そして思いつかないということは、切実に希望していないのだと思う。

「特に良いかな」

「欲がないんだね」

「意外と欲しいものって、頭に思い浮かばないね」

「それは良いことじゃないの?毎日満ち足りているということだから」

「満ち足りてはいないと思うけれど。うーん、どうだろう?満ち足りているのかなあ?」

「満ち足りているよ、きっと」

「でも、私の家は貧乏だと思うのけれど」

と、あまり言いたくなかったこと、でも本当のことを言ってしまった。

「それは質素っていう表現の方がしっくりくるんじゃない?生活に困るようなことがない人を貧乏と呼ぶのはちょっとオーバーな気がする」

「でも、学校の体操服とか、カバンとか、靴とか、ちょっと擦り切れているけれど、無理して使っているのは、私くらいのような気がする」

「それで、友達との関係に影響したりした?」

「それはない。たまたまかも知れないけれど、私が仲良くしている友達は、地味目なの。それにそういうこと、あまり気にしない人たちだから」

「じゃー、良かったね。良い友達、持ったね」

「うん、そういう点は恵まれたかもしれない」

周囲はかなり暗くなってきた。なんとなく夜風を肌寒く感じた。

石段から立ち上がって、運河沿いのフェンスに寄りかかって、対岸の夜景を眺めた。マンションに灯る明かりがさっきより増えていた。

「絶対的な貧困でなければ、問題ないと思うよ。比呂美さんのは、いわゆる相対的な貧困と呼ばれているものかもしれないれど、相対的な貧困をなくすことは不可能だから。それを無くすことができるのは共産主義のユートピアだけ」

「ユートピア?」

なんか響きが良い。

「理想郷のこと」

「良いことじゃないですか?そんな世の中が実現すれば」

「そうでもないよ。一番簡単な実現方法は相対的富裕層を消滅させること。そうすれば平均が下がるから相対的貧困は減らせる。昔の中国は文化大革命で、カンボジアのクメール・ルージュもそれを行ったけど、その結果国が大混乱に陥った。共産主義のユートピアは存在しないというのは歴史が証明している」

「そうなの?」

なんとなく涼くんの言いたいことは分かった気がした。多分、彼なりの励ましなのかな。私が自分のことを貧乏と言ったのを気にして、勇気付けてくれたのかもしれない。アンドロイドなのに優しい。ちょっとした会話の言葉から私の深層心理を見抜いて、包み込むようにしてくれる。

産業廃棄物の処理工場で、ソフィアという外国人の女の子が、彼はそういう風にプログラムされていると言っていた。彼女はだから気をつけろと言ったけれど、私にとって彼はとても良い人、とても良いアンドロイドに思える。

ちょっと感傷的な気分になっちゃった。夜景のせいかもしれない。

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