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最後の賭け

「ふむ。人間、偉そうな態度を取るとは、死をも恐れぬということか?」

 

 魔王が私に問いかけた。

 彼は赤い絨毯(じゅうたん)の敷かれた黒い階段の最上段にある、玉座に座っている。


「いいえ」


 片や私は床の上。今度は口がきけたので、ホッとする。

 

「その目つきで何を言う」


「否定したのは、死をも恐れぬという部分です。態度については……自分より弱い者の言い分も聞かず、処刑しようとなさる方に払う敬意はありません」


「貴様!!」


 激高する吸血鬼を、魔王が片手で制した。


「人間、お前は自分の立場がわかっていないようだな」


 怒気を(はら)んだ声を聞き、たちまち背中に汗をかく。

 偉そうな言い方はわざとで、一か八かの賭けだった。


 ヴィオネッタ・トリアーレという名の私は、ゲームの中では悪役令嬢だ。

 シナリオ通り魔の森に追放されて、狼に追いかけられて、魔王も登場したものの、森では殺されなかった。


 ――それなら魔王に気に入られさえすれば、生き残れるのではないかしら?


 魔界を()べる力を持ちながら、無駄な殺戮(さつりく)を嫌う魔王。そんな彼なら、人の言葉にも耳を貸してくれるかもしれない 

 だったら卑屈に命乞いをするより、堂々と交渉してみよう。


 けれど遠目にも、魔王がムッとしているのがわかる。


「申し訳ありません。ですが……」


 慌てて言葉を足すものの、魔王は手の一振りで私を黙らせた。

 

 ――声が出ない!!


「もうよいわ。人の身でありながら、我に楯突(たてつ)く気概だけは認めてやろう。せめて、苦しまずにあの世へ送ってやる」


 魔王は宣言し、長い爪を弾く。

 すると私の足下に、大きな魔法陣が出現する。これは胸元の魔法陣と呼応しているらしく、たちまち心臓が引きつれるように痛んだ。


「ぐっ……」


 地中に引きずり込まれそうなほどの圧がかかり、立っていることさえままならない。


 ――このまま床にめり込んで窒息死? それとも心臓がはじけ飛ぶ!?


 恐ろしい想像を巡らせたせいで、鼓動がますます加速する。身体中から汗も噴き出した。


「人間、最期に言い残すことは?」


 頭上から、魔王のものと思われる声が響く。


 再び口がきけるようになったが、胸は痛むし頭の中はパニックで、言うべきセリフが浮かばない。


 ――だってこれ、完全に死亡フラグ……。

 

「ないなら構わん。ならば……」


「わ、わたし、お役に立てます!!!」


 ようやく思い出し、必死に叫ぶ。


「…………は?」


 魔王の返事は短くて、なんだかつれない。

 聞こえなかったのかな?

 それならもう一度。


「わたくし、お役に立てます!!」




 大声を出した直後、床に浮かび上がった魔法陣の光がやんだ。胸の痛みが急に取れ、呼吸が楽になる。


「ふう、はあ、ふう、ふう……」


 慌てて呼吸を整えた。

 吸血鬼の鋭い視線は無視しよう。


「うわあっ」


 床に手を付き立ち上がるなり、思わず飛び上がる。

 だって、目の前に魔王がいたのだ。


 黒髪に金の瞳の魔王は長身で、金の刺繍が入った黒い衣装も良く似合い、目を(みは)るほど麗しい。圧倒的な美を前にすると、人ってこんな状況でも見惚(みと)れてしまうのね。


「役に立つ、とはどういうことだ?」


 両腕を組む尊大な仕草や唇の動きも素晴らしく、魔王の言葉を理解するまでに時間がかかった。


「その前に。わたくしと取引しませんか?」


「取引? もしや、我を(たばか)ったのではあるまいな」


「とんでもございません! ええっと、お役に立てることは事実です」


 姿勢を正した私は、魔王の金色の瞳を正面から見つめた。


「牢の中にいる間に、気づいたことがあります。わたくしなら、魔界の食糧事情を改善できるでしょう」


「……食糧事情? 面白いことを言う。聞いてやるから、申してみよ」


「レオンザーグ様、その者に耳を貸してはなりません」


 羽を広げた吸血鬼が、空中で叫ぶ。


「人間ごときに、我が(だま)されるとでも?」


「それは……失言でした」


 魔王にイラッとした目を向けられて、吸血鬼が急いで口をつぐむ。


 なるほど、魔王は『レオンザーグ』というらしい。

全く記憶にないので、魔界はやはりゲームとは切り離された世界だ。

 魔王がこちらを向いたため、私は慌てて口にする。


「美味しい料理を作れます! それから、調理法についても提案できますし。あとは、城内を清潔にしましょう。これだけ広いと、掃除の手が必要ですよね?」


「そうじ?」


 ――しまった。そもそも魔界には、掃除の習慣がない。ここの床だけ綺麗なのは、さっきの魔法陣で(ほこり)ごと地中に引きずり込むせいだろう。


「魔王様。掃除とは、(ほこり)や汚れなどを取り除くことでございます。今より幾分、過ごしやすくなるかと」


 助け船を出してくれたのは、意外にも吸血鬼だった。最初から私の言葉がわかった彼は、人間界にも詳しいらしい。ただし、どう考えても人間嫌いだ。


「ふむ。人間、して取引とは?」


「その前に。わたくしは『人間』ではなく、れっきとした『ヴィオネッタ』という名前があります。レオンザーグ様」


「なっ……」


 吸血鬼、確かクリストランという名の彼が絶句し、ワナワナ震えている。勝手に魔王の名前を呼んだ私に、激怒しているようだ。

 対して魔王は面白そうに、整った眉を片方上げた。


「ならばヴィオネッタ、取引とやらを聞こうか」


「はい。この地でお役に立てた暁には、人間界に戻してほしいんです」


 膝を折り、最上級の礼をする。

 彼は魔界の王だ。ここからは品良く応じて、処刑を撤回してもらおう。

 そしていつか、ヒロインにぎゃふんと言わせるのだ。


「勝手に来ておいて、何を言う。クリストラン、お前はどう思う?」


 おや? 側近の意見も聞くのね。

 よりにもよって人間嫌いの吸血鬼に尋ねるとは、私にとって分が悪い。


「反対でございます。人間など信用するに値しません。さっさと処刑しましょう」


 予想通りの答えだが、目まいがする。

 魔王が吸血鬼の意見を採用したら、どうしよう?


「人間ではない。この者は、ヴィオネッタというそうだ」


 真顔の吸血鬼と私を交互に見て、魔王が口の端を上げた。

 魔王様、実は楽しんでいる?


 彼は私に向き直り、きっぱり告げる。


「一ヶ月だ。人の世界で言うところの一ヶ月、猶予(ゆうよ)を与えよう」


「猶予……ですか?」


「そうだ。一ヶ月後に改めて、処刑の有無を決定する」


 魔王はしたたかだ。

 下されたのは、中止ではなく処刑の延期。

 これなら私は生き延びて、かつ側近である吸血鬼の面目も潰さない。

 殺されるなんてごめんだから、『命懸け』で頑張ろう。


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