ざまあの時間です 6
相手の言葉に、惑わされてはいけない。
こんな時こそ冷静に。
私はピピの目を見て、真摯に訴える。
「ねえピピ……いえ、元は違う名前のあなた。わたくしを否定しても、なんの解決にもならないわ」
「ふん。あんたが生きて戻ってくるから、こんなことになったんじゃない。ゲームの通り、死ぬべきだったのよ」
「いいえ。無実の罪で落としていい命など、ない。よく考えて。『悪魔のブローチ』なんて、ゲームに出て来なかった。全てはそこから狂っていたの」
「そんなのどうでもいいじゃないっ! あたしは幸せになりたかった。そんなあたしに、ブローチが呼びかけた。だから手に入れた。それの何が悪いのよ!」
「人の命を犠牲にし、盗みを働き、他者を陥れてまで得た幸せは、幸せとは呼べないわ。あなたはブローチに騙されたのよ。このままでは、全ての意思をブローチに乗っ取られてしまう。だから、思い出して」
「はあ? 思い出すってなんのことよ!」
「乙女ゲームを楽しんでいた頃のことを、可憐なヒロインに憧れていた時のことを。そしてここで、王子に出会った日のことを」
「出会う? 私が? でも私は、最初から――王子………」
ピピの青い瞳が揺れている。
ほんの少し残った意識が、彼女を正気に戻そうとしているのだろうか?
「私はヒロイン。誰よりも可愛くて、幸せな…………ヒロインって、何?」
ぶつぶつ呟くピピの顔には、迷いの色が浮かんでいる。
これなら、わずかとはいえ希望がありそうだ。
確かに、兵士や覆面男の命を奪った行為は許されない。私への嘘や暴言、死を願う彼女こそが、本来の姿だったら?
だけど私は信じたい。
乙女ゲームを愛する者に、根っからの悪人はいないと。自分の罪を悔い改めたピピが、いつかきっとまともに戻ると。
自分が苦しんだから相手も、という気に私はなれない。他者を蹴落としたり、その死を願ったりするような人間には、なりたくなかった。
だから――。
「何をしている! その女を、早く引っ立てい」
「お待ちください!」
兵士に命じる国王を、慌ててとめた。
放っておくとピピは投獄後、火あぶりか首を切られてしまう!
「魔界の王妃よ、まだ何か?」
呼称を訂正したい気持ちはやまやまだけど、今はそれより大事なことがある。
「国王陛下に、お願いがあります」
「なんでございましょう?」
「他国の事情に口を挟むのは、良くないと知った上でのお願いです。この女性に対して、寛大な処置を。安易に処刑するより、適切な処分を求めます」
「え? ですがこの者は、貴女に盗みの罪を着せ、魔の森に追放したのですぞ。死刑が妥当かと」
「それなら共謀したエミリオ殿下も、黙って見ていた陛下も、同じく死刑なのですね?」
「へ? いや、さすがにそれは……」
「元々、王家の一員でもないピピを宝物庫へ案内したのは、エミリオ殿下です。そのせいで、彼女は罪を犯した。そしてあなたも。わたくしの言葉を聞き入れず、追放処分を容認した」
「ですが、あの時は事情がわからず……」
「わからないなら、調査を指示するべきでした。けれどあなたは、わたくしの訴えを無かったことにしましたね。人の命を軽々しく扱う王ならば、ご本人も同様の扱いを受けて然るべきでは?」
「わ、私だって、王位を辞するんだ!」
「だから死には該当しないと? ご子息に譲り、あとは知らないと?」
「そんなことは……。あの、でしたらこの者は?」
「投獄するな、とは言いません。犯した罪を反省する時間は必要です。ただ、立ち直る機会もあげてください。それでもなお改心しないのであれば、その時にこそ処刑を言い渡すべきかと」
国王は黙って、考え込んでいる。
私の話を聞き入れるつもり?
それとも小娘に意見され、腹を立てているの?
「……わかりました。王妃様の指示に従いましょう」
いや、だから王妃じゃないって。
とりあえず、すぐに処刑とはならないようだ。
「わたくしの願いをお聞き届けくださって、ありがとうございます」
膝を折り、深々とお辞儀する。
これはあくまで願いであって、指示ではない。その方が、国王の面子も保たれる。
「いえいえ。このくらい、大したことではありません。さ、お前達。エミリオとその女を、牢に連れて行け」
「はっ」
兵士が敬礼し、二人の元に走り寄る。
「父上! 僕は……」
「はあ? なんであたしが牢なのよ。触らないでっ」
それぞれが激しく抵抗するけれど、兵士は容赦しなかった。捕縛後、引きずるように連行していく。
「ちょっとあんた! 覚えておきなさいよっ」
捨て台詞を吐くピピと、不満の残る表情の王子。そんな二人を、私はしっかり目に焼き付けた。
『悪魔のブローチ』が原因とはいえ、ヒロインと王子のこんな結末を、誰が予想できただろうか?
「これで良かったのかしら……」
思わず呟き、ふと気づく。
――そうだ、魔王!
私は彼の許可も得ず、国王に意見した。勝手な行動のせいで、両者の関係にひびが入ったらどうしよう?
恐る恐る魔王に近づき、様子を窺う。
彼は金の瞳で見下ろすと、私の髪に手を差し入れた。
「……甘いな。だがその甘さ、嫌いではない」
そう言うなり、魔王が私の頭頂部に口づける。
――え? え? 甘いって、香料のことではないわよね? 二人への処罰が甘かったという意味なら、キスする必要ないと思う。
混乱しつつも、一つだけわかったことがある。
魔王は私を認め、支持してくれた。それがとても嬉しくて、私はにっこり微笑んだ。
目を細めた魔王と、しばし見つめ合う。
「ゴホン、ゴホン。魔界の王と王妃よ。ご用件は以上ですか?」
国王が、わざとらしく咳払い。
違うから。いちゃついていたわけではないから。
「……あ!」
そういえば、王妃というのをまだ訂正していなかった。
今さらだけど、直しておきたい。
「あのぉ……」
口を開きかけた私を、魔王が静止する。
「わかっておる。我に任せておけ」
頷くや否や、魔王は国王のところまで一気に移動した。
怯んだ国王は、口をパクパクさせている。
魔王は王の肩を掴み、低い声を出す。
「お前達の愚かな振る舞いを、我は二度も我慢した。いいか、三度目はないぞ」
「違う、そっちじゃなーい!」
私が叫んだ途端、またしても兵士がざわつく。
「魔界は、王より王妃の方が強いのか?」
「人間なのに、魔王に命じるって……」
魔王は気にならないらしく、兵士の言葉を聞き流している。
かと思うと、素早く横に舞い戻り、慌てる私を片手で抱き寄せた。
「うえ? 魔王様、これってどういう……」
「こういうことだ」
魔王が片手を上げた次の瞬間、玉座の間に強力な一撃が走る。
「うおっ」
「危ない!」
魔王が放った雷のせいで、城の天井に大きな穴が開く。
間一髪、崩れた石の直撃を避けた国王だけど、彼の眼前には、石が上からパラパラ落ちていた。
魔王は黒い翼を広げると、私ごと宙に浮かぶ。
「警告はした。我を二度と失望させるなよ」
――魔王様、実は結構ムカついていらっしゃる?
とてもじゃないけど、訂正を言い出せる雰囲気ではない。
妙な誤解を生んだまま、私達は城を後にした。




