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ざまあの時間です 5

「そういうわけで、これは人間が持つには危険な代物(しろもの)だ。返してもらうぞ」


 魔王の言に反対の声は上がらない。

 意見しようにもヒロインは言動を封じられ、王子は力なくうなだれている。


 全員が沈黙する中国王だけがおろおろし、荒い息を吐いていた。

 

「さあ国王、必死で考えろ。お前は何をするべきだ?」


 目を細めた魔王が、人の王に問う。

 小心者の国王は、可哀想なほど真っ青だ。


「そ、そそ、それは……」


 ブローチの影響かもしれないが、ピピは悪事を働いて、彼の息子はそんな彼女の言いなりだった。私の冤罪(えんざい)も、まだ晴れてはいない。


「愚かな王にヒントをあげよう。こういうことだ」


 魔王は私の背後に立つと、後ろから突然抱きしめた。


「な、何!?」


 焦って力いっぱいもがくけど、魔王は私を離さない。頭のてっぺんに乗っているのは、もしや彼の(あご)


 ――これだとヒントと言われても、全くわからない。


 ところが、国王はわかったらしく、のろのろ立ち上がる。


「そ、そうですね。謝罪がまだでした。()()()()()よ、心よりお()び申し上げます」


「はいいぃぃ!?」


 国王ったら、絶賛勘違い。

 けれど魔王は顎を離し、笑みを含んだ声を出す。


「なるほど、それで?」


「お妃様の、こちらにいらした頃の名誉を回復いたしましょう。婚約破棄や追放などと申した愚息にも、責任を取らせます」


「ほう、どうすると言うのだ?」


「王位継承権を(はくだつ)奪し、牢に収監いたします。その後、我が国から追放いたしましょう」


「父上、それはあんまりです!!」


「うるさいっ。お前は、それだけのことをしでかしたのだ。高貴なお方をこけにして、ただで済むとでも思うたのか。我が国を危機に(さら)す王子など要らん!」


「それは結果論でしょう? ヴィオネッタが魔界の王の寵愛を受けたからこそ、成り立つ話で……」


「愚か者め! 軽々しくその名を呼ぶなっ」


 国王の一喝(いっかつ)で、息子の王子は黙り込む。


「王妃様、大変申し訳ございません」


「いえ、それはいい……というか、違うんです」


 ただ、今の言葉でよくわかった。

 王子の謝罪は形だけ。彼は自分の行いを、それほど悪いとは思っていなかったようだ。


 魔の森に追放された私は、一歩間違えれば死ぬところだった。その点は、十分反省してもらいたい。


 だけど、それを言うなら国王も同罪だ。

 愚息と言いつつ、自分だって息子を止めなかったでしょう?


「ふむ。我のものを愚弄(ぐろう)しておきながら、その程度か?」


 我のものって――。

 魔王は周りを(あお)って、楽しんでいるみたい。妻というのもまだ、否定してないし。


 だから国王も王子も、私に魔界の王妃とかお妃だとか寵愛なんて、変な言葉を使うんじゃないかな。

 

「魔界の王よ。私が王位を退けば、許していただけますか?」


「それで? この国を我に譲り渡すとでも言うのか?」


「まま、まさか! それだけはどうぞご勘弁を。王位は二番目の王子に譲り、森にも入らぬよう、よく言い聞かせますので」


「ふむ。して、その下女はどうする?」


「…………ぐ、…………っ」


 血走った目のヒロインは、魔王の拘束を解こうと今まで頑張っていたらしい。


「忘れておったわ」


 魔王が爪を弾いた途端、ピピは勢い余ってその場に崩れ落ちた。


「痛いじゃない。あんた、このあたしになんてことするのよっ!」


 もはや礼儀をかなぐり捨てて、魔王に向かって吠え立てる。

『悪魔のブローチ』を所持してないにも(かかわ)らず、まるで悪魔のような形相だ。


「もちろん、直ちに牢へ入れます。その後、火刑か斬首刑に処すつもり……」


「はああ!? このジジイ、ヒロインのあたしに、なんてこと言うのよ!」




 辺りは一瞬、水を打ったように静まりかえった。

 次いで兵士が騒ぎ出す。


「陛下を、じじい呼ばわりだと?」


「ひろいんって、なんだ?」


「処刑の前に、不敬だろ」


 ことなかれ主義の国王にしてはずいぶん重い刑だけど、ピピの言葉もあんまりだ。

 悪魔のブローチのせいで、取り返しがつかないほど悪に(おか)されているの?


 回された魔王の腕に手を添えて、私は彼に問いかける。

 

「魔王様。彼女の意思は、もう残っていないのでしょうか?」


「いや、緑の部分がある限り、わずかでも意識はある」


「では、いずれ元に戻ると?」


「さあな。邪悪な心を減らせば戻るやもしれぬが、それは本人の心がけ次第だ」


 緑の部分は傷の場所。

 ほんのわずかでも、希望はあるらしい。

 それは王子の付けた傷。

 王子と彼女には、最初から不思議な縁があったのかもしれない。


「魔王様、彼女と二人で話します。離してください」


「お願いの仕方なら、すでに教えたはずだが?」


 振り向くと、金の瞳が楽しそうに揺らめいていた。

 さっきのあれを気に入るなんて、魔王は結構変わり者。

 でも、そんな彼とこの先も一緒にいたいと思う私も、相当変わっている。


「レオン、お・ね・が・い。じゃないと、もう甘いものを作ってあげないから」


「ふはっ。何を言うかと思えば、それか」


 可愛いねだり方などわからない。

 だけど、これが私だ。


 ゲームの影に(おび)えるわけではなく、ヒロインから逃げ回るわけでもなく。本当は、自分らしく自由に過ごしたかった。


 でも、魔界のみんなのおかげで、私の世界は変化した。充実した毎日と、楽しい仲間。

 これからは死亡フラグなど気にせずに、堂々と生きていきたい。


「……わかった。存分に話すが良かろう」


 腕を放した魔王が、私の背中を軽く押す。

 私は一歩、また一歩とピピに近づく。


「何よ、なんであんたは無事なのよ! あたしだけがこんな目に遭うなんて、許せない。あたしはヒロインよ。この世界の主役なの!!」


「いいえ。仮にそうであったとしても、物語はとっくに終わっているわ。それに現実の世界には、主役なんていない。あなたもわかっているでしょう?」


「はああ? 何を偉そうに。悪役令嬢のくせに、よくも()()()()()()くれたわね。顔を出さないあんたのせいで、あたしがどれだけ苦労したと思うのよ」


「それは、仕方がないでしょう? わたくしだって、命は大事だもの」


「醜い豚だったくせに、顔だって普通のくせに、何助かろうとしているのよ。可愛いあたしのために、雑魚(ざこ)が犠牲になるのは当然じゃない!!」


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