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ざまあの時間です 4

 何を思ったのか、ピピが突然、私を指差した。


「その女よ! その女がさっき、私のスカートのポケットに入れたの!!」


 ああ、そういうことか。

 私を指名したのは、私のせいにするつもりだったからなのね。


 おおかた身体を調べている最中に、持っていたブローチを、私のドレスにねじこもうとでもしたのだろう。


「見苦しいぞ。おとなしくしろ!」


 ことなかれ主義の国王が、ここぞとばかりに叫ぶ。


 私が彼女に触れていないことは、ここにいるみんなが目撃している。だからもう、言い逃れはできない。


 緊迫した状況の中、魔王が動く。


「その国宝とやらを、我に見せてみよ」


 そう言って腕を伸ばすと、ブローチはあっという間に彼の手の中へ。

 魔王は二本の指でつまんだそれを眼前に(かか)げ、意外なことを口にする。


「これは、『妖精のブローチ』ではないぞ」


「ええっ!?」


「なんと」


「そんな!」


 これには王子や国王、盗んだピピまで驚いている。

 しかし彼女はふてぶてしく、しらを切り通す。


「当然でしょう? 私は国宝なんて知らないもの」


「いや、知らないのはおかしい。君は、僕と一緒に宝物庫を見学したはずだ」


「私を助けてくれないくせに、こんな時だけ余計なことを……」


 苦々しげな顔のピピが、王子を(にら)む。

 一瞬(ひる)んだ彼だけど、顔を上げ、魔王に向き直る。


「それは間違いなく、『妖精のブローチ』です。以前僕が落としてつけた傷が、しっかり残っていました」

 

 きっぱりした口調だった。

 誰あろうエミリオ王子が、魔王の言葉を否定して、ヒロインの罪を肯定している。


「そんな! あなたも私を疑っているのね」


 疑うも何も、証拠品は押収された。

 涙声で訴えても、もう遅い。

 同情を誘えるような段階は、もうとっくに過ぎているのだ。

 

 王子は立ったまま、魔王の答えを待っている。他はみな、固唾(かたず)()んで成り行きを見守っていた。


「ふむ。我の言い方が悪かったか。『妖精のブローチ』とは異なるが、それは確かに、その下女が盗んだものだ」


「なんですってぇーー!」


「さっきからうるさいぞ。黙れ」


 ピピが急に押し黙る。

 魔王が爪を弾いて、ヒロインの声を封じたみたい。


 ――あれ、前に私もやられた。全くしゃべれなくなるから、大変なのよね。


 動揺で恐怖が薄れたのか、王子が強気で発言する。


「異なる? だったらなんだと言うんです?」


 え? そっち?

 国宝を気にかけるのはわかるけど、ヒロインのことはいいんかい!


「それか? それは『()()()ブローチ』だ」




「なにっ!」


「な、なんと!」


「悪魔のブローチ?」


 妖精が一転して悪魔へ。

 さすがに私も、驚きを隠せない。

 もし本当なら、王家は悪魔の名を冠するものを、後生大事にしていたことになる。


「う、嘘だ!」


「いくら魔界の王とて、口からでまかせは……」


「でまかせなどではない! 『妖精のブローチ』にそっくりだが、それは間違いなく『悪魔のブローチ』だ。まあ、人の目で見分けがつかぬのも無理はなかろう。こんなところに紛れていたとはな」


 魔王は口の端を上げるが、エミリオ王子は納得していない様子だ。


「いいえ。これは、我が王家に伝わる妖精のブローチ……」


「良いのか? 災いが降りかかるぞ」


「なっ……。そんなことはない!」


 王子は否定するけれど、ブローチはゲームには出てこなかった。

 それに災いなら、まさに今そのまっただ中。


 だってブローチを所持するピピが、王子の元婚約者を引きずり下ろして処分するよう、仕向けたのだ。自らは手を下さず、兵士や覆面男を犠牲にした行為は、間違いなく悪い。


「信じられぬのなら、確かめるが良い。そのブローチを、下女の手に握らせてみろ」


「下女ではないが……ピピのことだな」


 エミリオ王子の声は弱々しい。

 さっきまで、彼女は自分の婚約者だとか愛してしまっただとか、言ってなかった?


 王子がヒロインに近づき、その手にブローチを握らせた。

 ピピは妙におとなしく、さっきの姿勢のまま……まさか!


 ――声だけでなく、動きも封じていたのね。


 経験者として断言する。あれは結構つらかった。


「行くか? 面白いものが見られるぞ」


 魔王に話しかけられたため、私は首肯した。

 ピピに接近すると、王子が絶句し目を見開いている。


「な、ななな…………」


「まあ!」


 ブローチを見てびっくりした。

 緑色のはずが、なんとどす黒く変色している!!


 かろうじて緑が残っているものの、それはひっかいたような傷の部分だけ。あとは、ほぼ黒だ。


「やはりな。これは『悪魔のブローチ』だ」


「悪魔のブローチとは、どんなものですか?」


「知りたいか? そなたが可愛くねだるなら、教えてやっても構わぬぞ」


 こんな時にふざけるなんて、彼はやっぱりひねくれている。まるで悪魔――……いや、彼らのボスだった。


 でも私は、可愛いねだり方などわからない。とりあえず、ピピの真似をすればいい?


 顔の前で手を合わせ、上目遣い。


「お願い、あなたなら教えてくれるでしょう? レ・オ・ン」 


 ダメ押しで、彼の名前も呼んでみた。


「くっ……」


 片手で口元を(おお)う魔王は、少し顔が赤い。

 笑いを(こら)えているようね。

 私のおねだり、そんなにひどかった?


「ゴホン、よかろう。ヴィオネッタに免じて、お前達にも教えてやる」


 一応成功したらしい。

 憎々しげなピピの視線は、気にしないことにしよう。


 魔王は彼女の手からブローチを取り上げると、しげしげ眺めた。


「『悪魔のブローチ』とは、邪悪な者に共鳴し、その者の願いを叶える代わりに悪に侵食していく」


 何それ。とっても怖いんですけど。


「そこの下女、さては魅了と他者の破滅を願ったな。魅力が増すのは『妖精のブローチ』と同じでも、対価が違う。この分だと、ほとんど浸食されておる」


「そんな! じゃあ、私がどんなに頑張っても死亡フラグを回避できなかったのって、このブローチのせい?」


「ふらぐ、とは? なんのことだかわからぬが、影響はある」


 ――やっぱりね。運良く魔界に迷い込んだため、難を逃れたらしい。


「王子とやらも、この下女に騙された口か。それとも愚かな頭で、自ら望んだか?」


 エミリオ王子は黙っているが、きっともう正気に返っているのだろう。


 それでも私は、王子を許すことはできない。彼に正義の心があれば、途中で立ち止まって考えていたはずだ。


 太った女性が嫌なら、ただ別れれば良かった。本当に盗みや嫌がらせをしたのかどうか、調べもせずに追放するのはあり得ない。

 魔の森で会った私を、消そうと追いかけるのは論外だ。


 結局彼は最後まで、私を理解しようとはしなかった。


 そして私も。

 悪役令嬢なんかになりたくなくて、いつか自由になることだけを願っていたように思う。


破局寸前カップルの前で、

いちゃいちゃの刑!?

(=´∀`)人(´∀`=)

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