ざまあの時間です 2
ベールの付いた帽子を脱ぐと、エミリオ王子が驚いたように目を開く。
「お前、ヴィオネッタ!!」
「なっ……。そうなのか?」
国王は痩せた私を初めて見たため、半信半疑だ。
「国王陛下、エミリオ殿下、お久しゅうございます」
私はスカートを摘まみ、ことさら優雅にお辞儀した。
「これが我の……いや、魔界の宝だ。ヴィオネッタのおかげで、我が領土は富み栄えるだろう」
魔王に肩を抱き寄せられたため、ドキドキしてしまう。
即座に反応したのはヒロインで、勢いよく立ち上がる。
「その女は盗人よ! 魔界の王ともあろうお方が、盗人の肩を持つのですか?」
ピピがビシッと指差して、当然のように私を糾弾する。ゲームでの悪役令嬢を知っているせいか、痩せた姿もなんなく受け入れたみたい。
「いいえ、何も盗んでいないわ!」
「ふむ、盗人とな。それは誓って本当か?」
「え? ……ええ。もちろんですわ」
ヒロインは一瞬口ごもったものの、自分の言葉を聞き入れた魔王に気を良くしているみたい。祈るような可憐なポーズで、彼だけを見つめていた。
下女と言われてバカにされたのに、いいの? ヒロイン、結構たくましいのね。
「魔界の王様。あなたは、この女に騙されているのです。だって彼女は悪役ですもの。まっとうな生き方など、できるはずがありません」
いやいや、それはゲームの話でしょう?
ここでの私は悪事を働こうとも思わない。
憤慨し、すかさず言い返す。
「いいえ。あなたの方こそ、みんなを騙しているじゃない。猫を被るなら、徹底的になさったら? 自分勝手な命令で、周りの者を傷つけないで」
「ひどいっ。私を悪者にしようとしているのね」
「いや、悪者っていうか、すでに悪い……」
「みなさんは、私を信じてくれるでしょう?」
計算され尽くした角度で首を傾げるヒロインには、呆れてものが言えない。
こんなのを、信じるバカがいるはずが――。
「そうだな。ヴィオネッタは国の宝を盗み、純粋なピピを害した罪でここを追放された。その上、魔界の王までたぶらかしたと見える」
ここにいた!
エミリオ王子。そのセリフ、魔王にケンカを売っていますよ?
「ほう。我はそなたに、たぶらかされたようだな」
笑いを堪える魔王の横で、私は首をぶんぶん横に振る。
私が彼をたぶらかすなど、どう考えてもあり得ない。
「エミリオ殿下のおっしゃる通りですわ。盗んだ宝を返すどころか、平気で戻ってくるなん……」
「いつだ?」
魔王がいきなり、ピピの言葉を遮った。
「え?」
「宝とやらが盗まれたのは、いつのことかと聞いておる」
「え? まさか犯人が、別にいるとお思いですか?」
「魔界の王よ。城にもきちんとした記録がございます」
「お前達の言葉など、どうでもいい。正確な日にちを言え」
断罪された日のことは、私が一番よく覚えている。
けれど、宝を盗んだ覚えはないから、そっちは全くわからない。
「しょ、少々お待ちを。記述された帳面を、急いで取りに行かせます」
エミリオ王子に命じられ、侍従が慌てて部屋を出た。
戻って来た彼の手には、冊子のようなものが握られている。王子はそれを奪うようにもぎ取ると、素早く目を走らせた。
「ええっと昨年の太陽の月、下五日です」
「よかろう」
魔王は大きく頷くと、両手を掲げた。
すると玉座の間の中央に、巨大な映像が現れる。
「あっ……」
「なんと!」
まるでプロジェクションマッピングのようだ。何もない空間に投映されているので、ホログラムと言った方が近いかもしれない。
驚くべきはその精度。背景までもがくっきりと映し出されている。
それはある扉の前で、二人の兵士が立っている光景だった。
「これは……宝物庫の前ではないか」
「おかしいですね。今は、四人体制のはずです。増員前というと……」
国王が呟き王子がハッとしたため、私も気づく。
それならこれは、国宝が盗られた過去のこと?
扉に近づく後ろ姿の女性は、小柄で細身。
当時の太った私とは、似ても似つかない。
『お疲れ様です。差し入れをどうぞ』
声まで再生できるのね。
でも、今の声――――ピピだ!
『いいえ、我々は仕事中ですので』
『あら。でも、殿下の許可はいただいておりますよ』
女性の顔がはっきり映し出された。
やっぱりヒロインだ。
「許可? いったいなんのことだ?」
「違う、私じゃない……」
「気が散る。静かにしておれ」
魔王の言葉で、王子もピピも黙り込む。
映像の中の兵士は、ピピに嬉しそうな顔を向けている。
『そうですか? では、遠慮なく』
彼女の差し入れたものを口にした兵士は、眠そうに目をパチパチさせている。
その数分後、二人の兵士は床に崩れ落ちた。
『意外と時間がかかったわね。でも、まあいいわ』
ピピは持っていた鍵を差し込むと、宝物庫の中に滑るように消えていく。
「違う、何かの間違いよ!!」
大声で叫ぶヒロインだけど、みんなは画像に釘付けだ。
画面の中のピピが、満足そうに部屋を出た。
それからしばらくして、眠っていた兵士が飛び起きる。
『しまった! 甘いものを食べたせいで、うたた寝したようだ』
『俺も。こんなことがバレたら大変だ。誰もいなくて良かったな』
苦笑する兵士達の前に、覆面をした二人の男が登場する。
『誰だ!』
『この中に用がある』
『悪いが、ここを通してもらうぞ』
『させるか! ……何? 手が、手が急に動かないっ』
『俺もだ。まさか、さっきの中にしびれ薬が? ……ごふっ』
哀れな兵士は斬り捨てられて、怪しい男達はまんまと宝物庫へ侵入する。
出てきた彼らの懐は、大きく膨らんでいた。
『どういうことだ? 緑の石なんてなかったぞ』
『ま、その分他のをせしめたし、いいじゃないか。ある方の名前を出せば助かるとはいえ、ここはいったん引いておこう』
男達の会話の直後、女性の悲鳴が聞こえる。
『きゃーっ、大変。誰か、誰か来て!!』
またしてもピピだ。
彼女の声で駆け寄った王子と護衛が、覆面男に斬りかかる。
『なっ……直ちに捕らえよ!』
『いや、俺達は頼まれただけ……って、お前!!』
一人は逃げ足が速く、そのまま逃走。
残った男は焦った様子で、聞いてもないのに白状する。
『ヴィオネッタ様だ! 俺達は、彼女の依頼で国宝を借りに来た』
『借りに? 盗むの間違いだろう? しかも人を殺しておいて、よくもっ』
『まあね。それっ!』
隙を見て走り出した男に、ピピ自らが体当たり。
『きゃあーーっ』
待って。今、自分から倒れたよね?
『貴様、僕のピピまで……許さん!』
わざとらしく床に伏せた彼女を見て、エミリオ王子は勘違い。
激高した王子は男に走って追いつくと、問答無用で背中を斬りつけた。
男の懐から、盗んだ腕輪や宝石が零れ落ちていく――。
ふいに画像が消え、辺りは静寂に包まれた。