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登場したのは……

 私は(そで)で涙を拭い、魔界へ続く扉の跡地を見つめた。


「石の扉が突然出現したり…………は、ないか」


 いくら待っても現れない。

 私は深いため息をつくと、森の広場に背中を向けた。


 帰る途中、道(なか)ばを過ぎたところで、誰かの話し声がする。


「本当にこっちで合っているのか?」


「はい。狩人の話によると、この辺に魔界に通じる道があるそうです」


 ――残念! 魔界に通じているのは、道ではなくて扉だ。


 だけど今の声、なんとなく覚えがあるような……。


 慌てて木の陰に隠れると、列を成して歩く人の姿が見えた。

 金糸の入った騎士の制服を着ているから、もしかして王城から派遣された騎士?

 木々の多い森なので、馬は入り口に置いてきたみたい。

 

「偵察隊を出すという話は、本当だったのね」


 だけど石の扉がないため、今はただの空き地だ。いくら探しても、何も出てこない。


 ――どう頑張っても、魔界へは行けないはずよ。


 安心してその場を離れようとしたところ、列の先頭にいる男性が振り向いた。

 金髪のその顔は――。


「エミリオ様!」


「誰だっ」


 元婚約者の王子がいるとは思わなかった。驚いて()らした声を、お付きの騎士に聞かれてしまう。


「そこにいるのはわかっている。怪しいやつめ、出てこい!」


 ――どうしよう。このまま隠れてやり過ごす?


 ダメだ。向こうは数が多いから、逃げ切れそうにない。


 考えてみると王子は以前、()せた私に気づかなかった。今回も、目を合わせなければ大丈夫。なんとかやり過ごそう。


 うつむきながら出て行くと、騎士が私を取り囲む。


「女、こんなところで何している?」


「道に迷ってしまいました。気づけばここにいて……」


「一人でか?」


「ええ。連れとはぐれてしまいました」


 もちろん真っ赤な嘘だけど、この場合、仕方がないと思う。


「お前、この森がどんなところか知っているのか?」


「いいえ、存じません。この辺には詳しくありませんので」


「……待て。そんな嘘を、我らが信じると?」


「ああ。一般人が魔の森に入ること自体、どう考えてもおかしい」


「女、顔を上げろ」


 私はギュッと目を閉じた。

 観念しつつ顔を上げ、ゆっくり目を開く。すると、王子が青い瞳で私を見ていた。


「殿下、どうします?」


「顔をよく見せろ」


 気づかれたらどうしよう?

 王子は私のことなど忘れているよね?

 どうかヴィオネッタだと、バレませんように。


「お前、魔物か?」


 王子、やっぱりバカなの?

 たとえ魔族であっても、「はい、そうです」と素直に言うとは思えない。


 私は無言で首を横に振る。

 王子は考え込んでいるみたい。


「どこかで見た気がするんだが。お前、僕と会ったことがあ……」


「いいえ」 


 いけない、否定するのが早すぎた。

 エミリオ王子は(いぶか)しげな視線を向けるし、周りの兵士は剣の(つか)に手をかけている。

 私はうろたえ息を()む。


「待てよ? 姿は変われど、その瞳には覚えがある。髪も青い部分を多くして、もっと太らせれば……」


 王子が目を丸くする。


「まさか、ヴィオネッタか!?」


「ち、違います!」


 動揺しつつ、即否定。

 どうやらそれが、良くなかったらしい。


「僕の言葉を聞き入れない、可愛げのないところがそっくりだ。それにあいつは、僕がここに追放した」


「いいえ」


「なんと! お前、ここでしぶとく生きていたのだな」


「いいえ!」


 首を横に振り、じりじり後ずさる。

 そんな私に、エミリオ王子が近づく。


「僕を見る目つきも同じ。その緑の瞳、絶対ヴィオネッタだ!」


「いいえ、いいえ!」


「傷一つないとは、驚いた。追放された悪女は、魔の森で魔女になったというわけか」


「違うわ!!」


「殿下、加勢します」


「必要ない。死に損ないには、僕が直接手を下す」


「嫌よっ!」


 私は必死に向きを変え、元来た道を駆け戻る。木々の間をくぐり抜け、森の奥へ。


「待て! 待つんだ、ヴィオネッタ!!」


 かつての婚約者の声が、私の背中を追いかける。

 命の危機が迫っているのに、待てと言われて待つバカはいない。


 狼に追われた際は、扉の中に逃げた。

 それなら今は?

 草地に行けば、なんとかなる?




 草地の広場に出てみるが、依然がらんとしている。石の扉など見当たらず、絶望が身体を貫いた。


「そんな!」


 立ち止まった私の後ろで、声が聞こえる。


「逃げ足がずいぶん速くなったようだな。だが、ここまでだ。悪しき者は成敗してやる」


「嫌よ! わたくしは、何も悪くない!!」


「悪人は、みんなそう言う」


 王子に同意するように、周りの騎士達が笑い声を上げた。

 その手は全員、腰に下げた剣の柄にかかっている。


 ――今度こそ、ダメみたい。


 思わず胸に手を当てた。

 せっかく生き延びたのに、真面目に頑張ってきたのに、私は今日、ここで終わるのね。

 

「もう一度会いたかった。魔界のみんなと魔王、いえ、レオンザーグ様……」


「ごちゃごちゃと何を言っている? 往生際が悪いぞ」


 王子が剣を抜くのに合わせて、周りの騎士も剣を抜く。


 怖くて身を(ちぢ)めた直後、立っていられないほどの突風が吹いた。


「なんだ? 何が起こった?」


「殿下、こちらへ」


 その場でしゃがんだ私をよそに、騎士達が騒ぐ。多くの木々が揺れたので、避難を優先するのだろう。


 けれど王子は聞き入れず、剣を振り上げた。


「魔女め、覚悟し……」


 その途端、目の前を炎が走る。


「うわっ」


 王子は慌てて飛び退くが、火の粉が鼻先をかすめたようだ。一方私に怪我(けが)はない。


「あちっ、熱いぞ!!」


 炎は草地で壁となり、ちょうど私と王子達とを分断していた。


「殿下、ご無事ですか?」


「今のはどこから……ま、まま、まさか」


「あれを見ろ!」


 つられるように空を見上げて驚いた。

 なんと大きなドラゴンが、上空を旋回している!


 突如、ドラゴンが急降下。

 エミリオ王子の一行は、焦って逃げ惑う。


「引け、引けーーっ」


「ドラゴンがいるとは聞いてないぞ」


「殿下、早く!」


「何をやってる。こっちだっ」


 私のことなどそっちのけ。

 騎士は王子を回収し、一目散に逃走していく。


 当のドラゴンはというと、低空飛行で彼らに炎を吐いていた。


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