新しいお店?
投稿先を間違えて、更新が遅くなりました。
すみません(^_^;)
*****
ぐっすり眠ったせいか、少し元気になった。
魔界の暗さが懐かしく思えるし、嫌な気分も消えている。
部屋に飛び込んできたもふ魔達も、喜んでいるみたい。
「きゅーい♪」
「ぎぃー。ぎゅいー、ぎゅいー」
「ぎゅいーは、魔王? そうか、魔王様に報告しなくちゃね」
上司への報告・連絡・相談は、社会人としての常識だ。
前世でしっかり叩き込まれたのに、忘れていた自分が恨めしい。
「ま、刻印も消してもらいたいから、どっちにしろ会いに行かなくちゃ」
身だしなみを整えて、いざ出発。
真面目な話をするからと、もふ魔達は置いてきた。
ところが、憎き吸血鬼が魔王の私室の前に立ち塞がる。
「なんの用ですか?」
「ええっと、魔王様にお目にかかりたくて」
「こちらには、いらっしゃいませんよ」
「え? だって、この前用事で出たばかり……」
「ふん。魔王様は、あなたのような暇人とは違います。当分お戻りにならないでしょう」
「そんなあ」
店の報告と、刻印を消す相談をしたかっただけなのに。
会いたかったわけではないよ? ……たぶん。
「それより明日また、私のところに来てください」
「来てって……わたくしがクリス様のところに、ですか?」
「クリストランです! 何度言っても理解できないとは、本当に頭が悪い……。いえ、用件は以上です。わかりましたね?」
「……はい」
わざと縮めて呼んだのに、あまり怒られない。小言がないのは、却って気持ち悪いんだけど。
もしかして、役人にカフェを譲り渡したこと、少しは悪いと思っている?
魔王が不在ならば、仕方がない。
一つ目の料理長に、挨拶に行こうかな。
「ヴィー、聞いたぞ。活躍したんだってな」
調理場に顔を出すと、サイクロプスの料理長が褒めてくれた。
「活躍、というほどではありません。結局は、店を明け渡すしかなくて……」
「魔王様の力を持ってすれば、店などどうとでもなる。だが、処分したってことは、それ相応の理由があるのだろう」
「そうか……そう、ですよね」
吸血鬼の独断かもしれないと疑っていたけれど、これまでのことが魔王の耳に入らないはずがない。
私にとっては大事なカフェでも、魔王にはそれほどでもなかったのだろう。評判になったと喜んで、浮かれていた自分が恥ずかしい。
「ま、俺達としては、ヴィーが戻ってくれて嬉しいよ。苦手な米をお願いできるか?」
魔界のお米は濃い色で、前世のものよりパサパサしている。米粉にするにはいいけれど、鍋で炊くにはコツがいるのだ。
「もちろんです。お手伝いしますね」
「悪いな。よろしく頼む」
いつまでも、くよくよしてはいられない。
私の居場所はここにある。
温かく迎えてくれる誰かがいるから、大丈夫。今日も元気に頑張ろう!
お米をといでいると、調理場にもふ魔がやってきた。
「ぎー」
「ぎい、きゅいきゅーきゅ?」
「ええ、大丈夫よ。魔王様はいらっしゃらないんだって」
「ぎゅいー、いきゅい?」
「そう、いないの」
「きゅーー」
魔王の不在を知るや、がっかりするなんて……。
もふ魔達、可愛すぎるでしょう!!
今すぐ抱きしめたいけれど、私は食事の支度中。
「今はお仕事だから、また後でね」
「きゅい?」
「きゅーい」
遠慮なく飛び跳ねるもふ魔は、ここでは元気いっぱいだ。人間の世界では、彼らなりに気を使っていたのかもしれない。
調理場を片付けた後は、もふ魔達と外に行く。可愛い様子を目にしたおかげで、十分癒やされた。
目を開けると、とっくに起床時刻となっている。私は慌ててメイド服に着替えた。
「今日の予定は……吸血鬼に会いに行かなくちゃ。綺麗好きっぽかったから、掃除の依頼かな?」
吸血鬼のクリストランは、魔王の私室の前にいた。
黒いマントを着た彼は、私を見るなり眉間に皺を寄せている。
――呼び出したのは、そっちでしょう? 嫌そうな顔をするなんて、相変わらず失礼ね。
「すみません、言い忘れていたようです。外出するので、着替えてください」
顔をしかめていたのは、私がメイド服だったからみたい。吸血鬼が私に謝るなんて……。
外出着に着替えると、そのまま外に案内された。
「あのぉ、どちらへ行くのですか? 食材調査で不備があったのでしたら、あらかじめ知っておきたいのですが」
「黙って。しっかり掴まっていてください」
なんと、人間嫌いの吸血鬼が私を抱きしめた!?
「えっと、あの、これはっ」
焦って押しのけようとするけれど、彼は私を離さない。
「でも、あの、その」
「黙って、と言ったはずです。気を散らさないでください」
「……はい」
私が口をつぐむと、吸血鬼がこうもりのような翼を広げた。
次の瞬間、宙に浮く。
歩くより飛ぶ方が早いかもしれないけれど、これは想定外だ。嫌いな私を連れて飛ぶなんて、彼の心境の変化が全くわからない。
振り落とされるかと心配したものの、無事に着陸したようだ。
「あら? ここって……」
そこは、野生の稲を見つけた崖の上。
すなわち石の扉がある場所で、今日もデンと置いてある。
「さあ、行きましょう」
「お待ちください。行くってどこへ?」
「もちろん人間界ですよ。あちらの方がいいんですよね」
「えっ!?」
断言されて戸惑った。
人間の世界の方がいい? 本当に?
「でも、あのぅ……」
「ああ、お伝えしていませんでしたか。新しい店の候補地を、見に行きましょう」
「……へ?」
変な声が出たが、吸血鬼の表情は崩れない。私は恐る恐る聞いてみる。
「それってつまり、王都のカフェを別の場所に移すってことですか?」
「……あなたには、新しい場所で始めてもらいます」
「まあ、ありがとうございます!」
思わず弾んだ声が出た。
吸血鬼に感謝する日が来るなんて。
「では、行きますよ」
「はい!」
喜び勇んで扉をくぐる。
今日はいい日になりそうだ。




