まさかの大事件!
ところが、予想もしない事件が起こる。
それは、突然の出来事だった。
ヴァルツ城の役人達がズカズカと入店し、たちまちカフェを占拠したのだ。
「お前達、誰の許しで店を出している? 即刻立ち去れ」
「えっ?」
びっくりして目を開くが、開店前に当然許可は得ている。
「街の許しをいただきました。手続きも全て完了しております。書類をお見せしましょうか?」
なんらやましいことはないので、すらすら答えた。
魔王の店ではあるけれど、人間界に出店するのはこれが初めてではないそうだ。
出店許可証は、私が見ても正式なものだった。
「いいや。出店の許可は取り下げられた。建物が倒壊する恐れがある」
「え? でも、きちんと改装しましたよ? 出店前に、内部も確認していただきました」
元からあった空き店舗をまともに改装したので、建築基準も満たしている。
来店中のお客様もいるので、変な言いがかりはやめてほしい。
「実際その目で見て……」
「うるさい、うるさい!! とにかく、現時点より営業を禁止する」
「……はい?」
あまりの横暴ぶりに、頭がついていかない。
立ち尽くす私をいいことに、他の役人は店にいたお客様を追い出そうとしていた。
「きゃあーっ」
「何、何が起こったの?」
「こっちへ。お前ら、手荒な真似はするな!」
狼男のウルフが、女性客を庇う。
さらに役人の責任者らしき男性に詰め寄って、拳を固めた。
「おい、お前。やめさせろ!!」
けれど、役人は動じない。
「やってみろ。手を上げたが最後、全員牢獄行きだ」
「くっ……」
悔しそうなウルフだけど、私はまだ理解が追いつかない。
どうして急に?
許可を得て税金もちゃんと納めていたのに、今になってなぜ?
現れたのは、ヴァルツ城の役人だ。
ヴァルツといえば、一週間ほど前に第一王子のエミリオ・ヴァルツと、彼の婚約者となったヒロインのピピが来店した。
――まさか、そのせい? あの時の態度が原因なの!?
私は慌てて聞いてみる。
「一時休業、という意味ですよね? 建物の安全を確認し、我々が態度を改めれば、再開できるんでしょう?」
「いいや」
「どうして! 落ち度もないのに立ち退けと言われるなんて、納得できません!」
「立ち退きではなく、立ち去れと言った。店ごと明け渡してもらう」
「どういうことですか? 倒壊の恐れがあるなら、店は危険ですよね? 明らかに矛盾しているのでは?」
「うるさい! 上からの命令だ」
「上ってエミリオ様ですか? もしくは婚約者のピピ様?」
口にした途端、役人がビクッと反応する。
王子ではなく、ヒロインであるピピの名に。
もしかして、私だと気づいた?
だから追い出そうとしているの?
「教えてください。まだ妃でもない王子の婚約者に、城にお勤めの優秀なみなさまが従うわけを」
「黙れ! 我々だって不本意だ。だが、『気に入ったから店ごとほしい』という彼女の願いに、殿下が応えた。それだけだ」
「ひどいっ!!」
思わず叫ぶ。
それだけって……。
彼らにとっては些細なことでも、私にとっては大ごとだ。気に入ったからって店ごと手に入れようとするとは、思ってもみなかった。
私の正体はバレてないみたい。
だけど、ヒロインのせいで難癖をつけられ、このまま店を取り上げられるのは、納得がいかない。
――おのれ〜ピピめ。どこまでわがままをを通せば気が済むの。ようやく居場所を見つけた私から、それさえも取り上げるつもり?
ヒロインのハッピーエンドは、悪役令嬢にとってはつらいものだった。しかもそのつらさは、まだ続く。
「承服できません。どうぞお帰りください」
「何? 我らに逆らうと言うのか!」
「逆らいたくないので、ぜひ納得できる理由をお持ちくださいっ」
強く言い切り、ウルフと犬の魔族の手を借りて、役人達を店の外に押し出した。
お客様に迷惑がかかるといけないので、本日は臨時休業。悲しくても悔しくても、これ以上どうすることもできない。
「魔界にも知らせた方がいいわよね。ウルフ、お願いできる?」
「ああ。明日はちょうど満月だから、仕入れた品と一緒に向こうに帰る。伝言も配達するよ」
「ありがとう。よろしくね」
私は現状の報告と、応援を寄越してほしいという手紙を、ウルフに渡した。
明日はフェンリルも狼男も不在なので、不安だらけだ。私と可愛いもふ魔と犬の魔族達だけで、乗り切れるかしら?
悪い予感は当たるらしく、翌日も城の役人が店に押しかけた。
「ま~だ退去していなかったのか。命令に逆らうなら、どうなっても文句は言えないぞ」
「不当な命令に、従うことなどできません。理由もないのでしょう?」
「ぐっ……。だが、必ず後悔するぞ。忠告はしたからな」
役人はきっぱり告げると、今回は早々に立ち去った。
「あれ? これで終わり? 正当な理由がないから、お役人も乗り気じゃないのね」
ヒロインや王子に振り回されている役人も、私と同じく被害者だ。
そうやって同情したのが、良くなかったのか。
いつものように店を開けると、初めてのお客が次々来店する。笑顔で歓迎するものの、どうも様子がおかしい。
もふ丸ドリンクことタピオカドリンクを運んだもふ魔に、恰幅の良い男が早速いちゃもんをつけていた。
「は? なんだこの黒い球は。俺がこんな気持ちの悪いものを注文しただと? 嘘をつくな!」
「きゅい? きゅーー」
「まともに話せないものを寄越すな。店長を出せ!」
急いで駆けつけると、頭ごなしに怒鳴られた。
「お前か! こんなマズいものを頼んだ覚えはない!!」
「確かに『店の人気商品を』とおっしゃいましたよ。それにマズいとは? まだ召し上がっていらっしゃいませんよね?」
「貴様、俺は客だぞ。殴られたいのか!」
犬の魔族が間に入って助けてくれたものの、こんなお客は勘弁だ。
しかし男の仲間は他にもいたらしく、揃って暴れ出す。
「だいたい、この内装はなんだ? 緑を飾ればいいってもんじゃないだろ」
「その通り! 邪魔だ」
ガシャーン
「きゃあっ」
「何!?」
痩せた男が叩き落とした鉢植えが、床に落ちて砕け散る。
常連の女性客は、音に驚いているみたい。
怪我がなくて良かったけれど、これは確実に営業妨害だ。
「やめてくださいっ」
「うるせえ! ちんけな店にちんけな客。遠慮する必要がどこにある?」
男達は聞く耳を持たずに、店内を暴れ回っている。
「そら、この椅子も邪魔だ」
「このテーブルも趣味が悪い。こうしてやる」
ドガッ、バキッ。
テーブルや椅子が壊されるが、今気にかけるのはそこじゃない。
私は急いで、お客様を店外に誘導した。




