みんなのおかげ
「ぎぃー、きゅいきゅーきゅ?」
私を心配して、一匹のもふ魔が駆けつけてくれた。
「大丈夫って言いたいけど……無理みたい」
情けないことに、手が小刻みに震えている。
いつまでもここに隠れているわけにはいかないが、王子達の前で帽子を取ったら、青い髪の色で私だとバレてしまう。
「…………そうだ!」
私はもふ魔を掴んで、頭の上に載せた。
「きゅい?」
「ここで鳴かずに、おとなしくしていられるかしら? これは新しい遊びよ」
もふ魔は黒くてふさふさだ。
これなら黒髪に見えるかも?
「きゅ? ……きゅい!」
「ありがとう。じゃあ、始めるわね」
返事をしたもふ魔を載せたまま、私は元婚約者のエミリオ王子とヒロインの前へ。
二人は椅子に腰掛けて、ふんぞりかえっていた。
「いらっしゃいませ。お待たせしてすみません」
「ヴィ……むぐ」
もふ魔を落っことさないように、狼男の口を手で塞ぐ。
変装(?)しているのに、名前を呼ばれたら大変だ。私は慌ててウルフに耳打ちする。
「ここは任せて。他のお客様をお願いね」
もふ魔は頭の上で、上手くバランスを取っている。王子のエミリオは、イライラした様子だ。
「我々を待たせるなんて、いつから庶民はそんなに偉くなった?」
「申し訳ありません」
「まあ、まあ。きっとお忙しかったのでしょう。そうよね?」
ヒロインは被り忘れた猫を思い出したらしく、急に愛想が良くなった。
「……すみません」
彼らは私を見ても、ヴィオネッタだと気づかない。
激ヤセしたからかな?
それとも、追放してとっくに死んだと思っているから?
ホッとするけど、複雑な気分だ。
本当なら二人とは、口もききたくない。
きくとすれば非難の言葉で、思う存分責め立てたい。
でもお店のため、お客様のため、この場は我慢しよう。
「ふん。優しいピピに、感謝するがいい」
またそれ?
王子は相変わらず、ヒロインのピピの本性がわかってないみたい。
過去にも聞いた王子のセリフ。
私は怒りを鎮めようと、爪が食い込むほど強く手を握りしめた。
「おい、お前。いつまでつっ立っている? さっさと評判の品を持ってこい」
「かしこまりました。ご用意いたします」
なんてこった。
『もふ丸ドリンク』の噂は、城にまで届いていたようだ。
わざとマズくしてもいい?
……というのは冗談で、そんなことをすれば店ごと潰れてしまう。
仕方なく、一番人気のグァバに似た果汁を入れたドリンクを、ウルフに持っていってもらうことにした。
「いい、何を言われても口ごたえしないでね。ああ見えて、この国の第一王子とその婚約者だから」
言いながら、胸の奥で血を流す。
もしヒロインが彼を選ばなければ、王子の隣にいたのは私かもしれない。今となっては嫌だけど、二人の私への仕打ちは笑って許せることでもないような。
「わかった。バカとブスでも客は客だ。任せとけ」
ウルフが私にウインクする。
――バカとブス? 二人とも、見た目はいいわよ?
私は、忙しく働きながらも遠くにいる彼らのことが気になって、耳を澄ます。
狼男のウルフは、バカ丁寧に接客しているみたい。
「お待たせいたしました。こちらが当店自慢の『もふ丸ドリンク』です。丸い粒はよく噛んでお召し上がりください」
「もふ丸? タピオカじゃない! この世界にもタピオカドリンクってあるのね。懐かしいわ」
――やっぱり。ピピの前世は私と同じく日本人だ!
「この世界とは? ピピは、この飲みものを知っているのか?」
王子の問いに答えるヒロインの声は聞こえない。どうせ上手くごまかしているのだろう。
「美味しい! ねえ、他のものも食べてみたいわ」
「おいお前、なんでもいいからどんどん持ってこい」
偉そうに命じられたため、ウルフは怒りを堪えている。
魔族が忠義を尽くすのは、魔界にいる魔王だ。間違ってもこの王子ではない。
「ああ。……じゃなくて、かしこまりました」
「まあ。ふふふ」
場を和ませようとヒロインが笑う。しかし彼らに背を向けたウルフは、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「ヴィー。俺、あいつら嫌いだ」
「あら、私もよ」
戻るなり不満を漏らした彼に、同調した。
心強い味方を得たものの、内心では正体がいつバレるかとビクビクしている。
とりあえず、クレープやパンケーキなどを作った。けれどもう一匹のもふ魔は、彼らのところに持って行くのを拒絶する。
「ぎぃー、いききゅきゅきゅい」
「行きたくない?」
「きゅい」
――小悪魔でも、腹黒い人は嫌なのかしら?
皮肉っぽく考えるが、私だって身バレはNGだ。残りの一匹はかつら代わりで、動かせない。
結局、ウルフ一人に任せることとなった。
私はハラハラしながら、彼を見守る。
「ごちそうさま。気に入ったわ」
「城の料理人には負けるが、まあまあだな」
ヒロインと王子が、ウルフに話しかけている。
気に入ったと言われても、素直に喜べない。城の料理人が良いなら、これからはそっちに作ってもらえばいい。
「ありがとうございました。お帰りはあちらです」
ウルフったら。
二人を早く追い出そうという意図が見え見えだ。ま、私も同じ考えだけど。
「言われなくてもわかっている。つくづく無礼なやつだな」
「まあ、まあ。食事は済んだし、もういいじゃない」
ヒロインのピピが、王子を宥めている。
店内から出て行く二人を遠目で見ながら、私はホッと息を吐く。
協力してくれたみんなのおかげで、この場は凌げたみたい。
――どうかもう二度と、悪夢のような二人が店を訪れませんように。
私の願いが届いたのか、平穏な日が続く。ルーは来られない日もあるけれど、店は順調そのものだ。
ところがある日、事件が起こる。




