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甦った悪夢

 王都に来て二ヶ月も過ぎると、店はようやく落ち着いた。

 満席にはなるものの、朝早くから整理券を配るほどではない。


「ええっと、次にお待ちの方は四名? あら、常連さんじゃない」


 よく来る貴族の女性達。

 四姉妹はお店のメニューを全部制覇し、現在ニ周目に入っている。

 今では全員ふっくらして、末の妹さんはあまり目立たない。


「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」


「また来ちゃった。よろしくね」


「いつもの、もふ丸ドリンクで。あ、今日はあっさり味にしようかな」


「かしこまりました」


 店の一番人気は、やっぱり『もふ丸ドリンク』だ。

 手軽に飲めるあっさりタイプのタピオカも評判を呼び、売り上げがどんどん伸びている。


「へい、らっしゃい!」


「いきゅっきゅいー」


「きゅいっきゅいー♪」


「ちょっと、ウルフ! 酒場じゃないんだから、もう少し品良くお迎えして」


「……はーい」


「もふ魔達は可愛いから、そのままでいいわ」


「きゅい」


「ひでえ、ひいきだ」


 狼男のウルフは頭をかくが、怒っているわけではないみたい。

 だって来店する女性客を見るなり、すかさず飛んでいく。


「いらっしゃい。可愛い子を二人もお迎えできるなんて、光栄だな」


「あら」


「まあ」


 ウルフが胸に手を当て一礼すると、女性客の(ほお)が染まる。


「ま~た口説(くど)いてる。注意しても()りないなんて、仕方のない人ね」


 あら? でも――。

 狼男は私に迫らない。

 口説かれたいわけではないけれど、なんでだろう? 

 まさか、女性に見えてない?


 空いた時間に一応聞いてみたところ、意外な答えが返ってきた。


「ヴィーは美人だよ。けど、フェンリルに八つ裂きにされたくないもんで」


 意味がわからない。

 私は魔王の囚人だけど、ルーの監視はそこまで厳しくないような。


 そのルーは、本日お休み。

 彼は魔王の右腕なので、時々魔王に同行する。


 だからルーには、忙しいなら無理をしなくてもいいよ、と言っている。だけど彼はいつも、「平気だよ。ヴィーのためだから」と、謎の答えを返す。


 ――私のため? 監視のためよね?


 ルーが店にいないと知るや、何人かの女性客ががっかりしていた。気怠(けだる)げで無愛想でも、ルーは結構人気だ。


「いけない。パンケーキの飾り付けがまだだったわ!」


 黒芋粉に米粉を合わせた、もっちりした食感のパンケーキ。

 小さめに二枚焼いた上にクリームを(しぼ)り、フルーツを飾れば完成だ。


「できたわよ。五番テーブルにお願いね」


「きゅーい」


 私はここで、忙しくても充実した毎日を送っている。役に立っているはずなので、そう遠くない日に自由になれるだろう。


 ――自由になったその後は? 人間の世界に戻って、何をするつもり?


 自分でもよくわからない。


 最初は、仕返しのことしか頭になかった。

 私をあっさり捨てた王子と(だま)したヒロイン。

 二人をぎゃふんと言わせるために人間界に帰りたい、とそう考えていた。


 だけど魔界で必要とされ、自分らしく生きる意味を知った今、その思いは薄れている。


 終わったことを蒸し返して、なんになる? 

 身の潔白を晴らしたところで、幸せになれるの?


 二股王子と腹黒ヒロイン、私をあっさり見捨てた両親。

 正直いまだに腹が立つけど、復讐するほど暇じゃない。


「まず、自分の居場所を確保しなくっちゃ」


 ゲームが終われば、めでたしめでたし。

 でも現実は、まだまだ続く。

 悪役令嬢だった私は、この先もたくましく生きていかねばならないのだ。


「今後も店に置いてもらう……ってわけにはいかないわよね」

 

 日々が楽しいからこそ、怖くなる。

 私はあとどのくらい、魔界の仲間達とこの場所にいられるのだろう?




 ちょうどその時、表から甲高(かんだか)い声が聞こえてきた。

 

「ちょっと、私を誰だと思っているの? 通しなさいよ」


「順番を守れ? そんなの僕には必要ない」


 あの声は!?


 覚えのある声音に、みるみる血の気が引いていく。


 ――あれはピピとエミリオ! なんで城にいるはずのヒロインと王子が、街にいるの!?


 慌ててその場に(かが)む。

 私を殺そうとした二人が(そろ)って来店するなんて、まるで悪夢だ。


「どけ、席を空けろ」


「店長はどこ? わざわざ足を運んであげたのに、挨拶(あいさつ)にも来ないのね」


 ヒロインの態度が以前より大きいのは、王子との仲が認められたから?


「おいおい、いきなりなんだ?」


 (あき)れたようなウルフの声がする。


「お前こそ、その態度はなんだ! この国の王子殿下とその婚約者様を知らないとは言わせない」


 叱責したのは、王子の護衛?

 ヒロインはまんまと、王子の婚約者の座に収まったようね。


 突然の出来事に、店内もざわついている。このままでは、狼男が処罰されてしまうかもしれない。


 ――どうしよう? 


 やましいことはしてないし、隠れ続けるわけにもいかない。だけど私だとバレたら、捕まってしまう!!



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