行列のできる店
「どうか押さないで。順番に整理券をお渡ししますので、一列に並んでくださーい!!」
カフェがオープンしてから、一ヶ月が経過した。
開店前にも拘わらず、平民や貴族の家の使用人だと思われる人々が列を作って待っている。
タピオカは、今世の人間界でも大人気。
この混雑ぶりを見れば、魔王も驚くかしら?
「黄色の券をお持ちの方、中へどうぞ。青い券の方は席が空き次第、番号順にご案内いたします」
店内は、あっという間に人でいっぱいになった。
「お待たせしました~。おっ? 君、可愛いね。この店初めて?」
「そこ、ナンパしなーい!!」
狼男はウルフという名で、愛想は良くてもチャラかった。
「ふう。君はもふ丸ドリンクだよね。ねえ、毎日来てて飽きないの?」
「こら! ルーはお客さんに失礼な態度を取っちゃダメ~」
「ルー君を怒らないであげてください」
「そうよ。店長だからって、彼に冷たく当たるなんてひどいわ」
――え? 私が冷たく当たった? いつ? どこで?
ルーは五十歳をゆうに超えている。
このお嬢様方は、彼の本当の年を知っても来てくれるかな?
「きゅーきゅ」
「ありがとう」
「きゅい♪」
「可愛い~。これって、どうやって動いているんですか?」
「ええっと……からくり仕掛け? 仕組みは秘密ですが、時々飛び跳ねるかもしれません。ご注意くださいね」
実際は違うけど、前もって断っておく。
当のもふ魔達は、上手に運べたと得意げな顔だ。また新しい遊びができたと、喜んでいるみたい。
狼男とフェンリルはお店のツートップ。
連日女性客が多いのは、彼らのおかげだろう。
これに愛らしいもふ魔まで加わるから、最強のメンバーとも言える。
私も負けてはいられない。
「ヴィー、クレープの注文が入ったよ」
「はい。今行きます!」
黒芋の粉と米粉を合わせた粉は、クレープにも最適だった。薄く丸く焼くには技術がいるので、私が担当している。
魔界の果物は、収穫と調理法が特殊なだけ。美味しいから、パンケーキやクレープにもよく合った。
「まあ、タピオカドリンクならぬ『もふ丸ドリンク』の売り上げには遠く及ばないんだけどね」
お店としては好調で、連日開店前からお客が詰めかける。
ほとんどが女性で、店員目当てではあるけれど。
もしここに、美貌の魔王が加われば……考えるだけでも恐ろしい。
「あっ。別に魔王が気になるわけじゃないから」
思わずひとりごと。
時々魔王を思い出すのは、作業に慣れてきたせいかしら?
「ヴィー、ちょっと来てくれ」
「はーい」
ウルフに呼ばれて席に行くと、年配の男と若い女性がメニューを見ながら揉めていた。
「甘いものしかないと知っていたら、別の店に行ったぞ」
「お父さん、ここでそんなことを言うのはやめて」
二人は親子で、父親はよくわからずに来店したみたい。
「甘くないクレープもできますよ。特別に作りましょうか?」
口にしながら材料を思い描く。
「何? だったら始めからメニューに書いてくれ」
「お父さん!」
「じゃあ、甘くないので」
苦笑して注文を取り、店の奥へ。
自分の昼食用に買ったベーコンを使えば、大丈夫かな?
まずクレープを焼いて、お皿に移す。
ベーコンを軽く炙ってクレープの上に置き、続いて目玉焼きを乗せた。周りを折って四角くし、こしょうを振れば完成だ。飾りにミントの葉を添えてみる。
「そば粉で作ればもっと美味しいけど、ま、いっか」
わざわざ足を運ぶお客様の要望には、なるべく応えたい。それでなくとも、朝から並んでくれたのだ。
「さすがだな、ヴィー」
「いいえ。お口に合うといいけれど」
「十分だろ」
その後文句は出なかったので、良しとしよう。
しばらくすると、今度は犬の魔族に耳打ちされた。
「あちらのお客様ですが、お一人だけ『何も要らない』とおっしゃって……」
チラリと目を走らせれば、外のテーブル席に、貴族の令嬢らしき四人の女性が腰かけている。
三人はタピオカの入りの『もふ丸ドリンク』を頼んだけれど、ふっくらした体型の一人が「太るから欲しくない」と断ったそうだ。
「注文しなくても構わないけど……。一応確認してみるわね」
「お願いします」
近づくと、彼女達の会話が聞こえてきた。
「今さら気にするなんて。遠慮しないで頼んだら?」
「お姉様のおっしゃる通りよ」
「でも、この黒いのが太りやすいんでしょう? 飲みたくないならいいじゃない」
うつむく女性は妹さん?
ふっくらしてはいるけれど、以前の私ほどじゃない。
タピオカ粉はカロリーが高いと言われていたが、黒芋の粉はそうでもないような。
ここには、もっちりした食感を受け付けない人のために作った、米粉のみの『もふ丸ドリンク』もある。そっちならどうだろう?
米粉は腹持ちがいいため、少量でも満腹感が味わえる。見た目はそっくりでも、米粉の玉は一回り小さく、ヘルシー仕様となっていた。
私はうつむく女性に、直接話しかけてみる。
「失礼いたします。もしよろしければ、軽めのものをお持ちしましょうか?」
「え? 軽め?」
「はい。通常のものより、あっさりしております。手軽に楽しんでいただけるかと」
押し付けがましくないように、にっこり笑う。断られたら、すぐに引き下がるつもりだ。
「どうしよう……」
「せっかくだから、お願いしてみれば?」
「マズかったら、代わりに飲んであげるから」
――失礼な。
そう思っても、笑顔は崩さない。
「そうね。じゃあ、それを」
「かしこまりました」
頷いて店の奥へ。
三人の注文は済んでいるから、急いで作らなきゃ。
一つだけ米粉のもふ玉を入れ、酸味のある爽やかな果汁を合わせた。
四つのドリンクを運んだ途端、歓声が上がる。
「きゃあっ、美味しそう!」
「色が綺麗ね」
「私もあっさりにすれば良かったわ」
四人とも笑っている。
楽しんでくれたら嬉しいな。
食が魔力や命の源なら、デザートはさしずめ心の栄養?
美味しいものを口にすると、それだけで「生きてて良かった」って思えるから不思議だ。
店のあちこちから響く明るい声と弾ける笑顔が、私に元気をくれる。
貴族のままではきっと、味わえなかったことだらけ。
魔の森に捨てられて、魔王と出会った私。
生き延びるために始めた料理が、人間界でも認められている。こんなことになるなんて、当時は思ってもみなかった。
「生きることを諦めなくて、良かったわ」
魔王は私をバカにせず、後押ししてくれた。だから私は彼を――。
「……何? 今、何を思った? 尊敬してるって言いたかったのよね?」
慌てて首を横に振る。
魔界に長くいたせいで、どうも調子がおかしいようだ。




