タピオカができました
人間界と魔界では気候が違うのか、はたまた魔王の浮かべた光のおかげか。
なんと野生の稲は、わずか四ヶ月ほどで立派に実った。
「きゅきゅきき」
「よろしくって……。稲が頭を垂れているからって、挨拶しなくていいのよ」
「ぎぃー、きゅっき?」
「そう。刈り取った稲は、そこに集めてね」
もふ魔達とお米を収穫した後は、櫛を使って脱穀し、すり鉢を上手く利用して籾殻を外していく。もちろん種籾用のお米は、別に分けている。
そのせいか、とても少ない。
「樽いっぱい育てて、たったこれだけ?」
できたお米は、カップに一杯ほどだった。
色は褐色だけど、味は前世のお米そのものだ。
「せっかく作ったのに、籾に米が入っていないものや、途中で粒が割れたものがある。このまま炊いたらあっという間になくなるし、どうしよう……」
炊いてもおにぎり一個分?
これだと、協力してくれたみんなに味わってもらうこともできない。
前世日本人の私は、当たり前のようにお米のある生活を送っていたから、もっとたくさん収穫できると安易に考えていた。
育てるのが大変な割に量も少ないなんて、思ってもみなかったのだ。
「あ、こら! もう終わりでいいのよ」
「きゅい?」
「きゅー?」
もふ魔達がお米をすり鉢の中に入れて、棒で器用に砕いている。さっきは籾殻を外すために使ったのであって、お米を潰すためじゃない。
「……潰す?」
ふと何かが浮かんだ気がして、首を捻る。
「きゅい、きゅい、きゅい」
「きゅー、きゅー、きゅー」
その間も、もふ間達は脱穀ならぬ米砕きに励んでいる。
突然閃く。
「そうか! 確かにいいアイディアだわ」
「ぎぃー、きゅいきゅーきゅ?」
「ええ、大丈夫。でも、もっと乾燥させた方が、砕きやすいかもしれないわ」
「きゅーい」
「きゅーい」
二匹は新たな遊びだと思っているようだけど、私は違う。
米のままで足りないなら、粉にすればいい。米粉にすれば、他の材料と混ぜ合わせても使えるからだ。
大事なお米を調理場に持って行き、フライパンで炒ってみた。
すり鉢で潰したものを編み目の細かいざるで振るえば、米粉の完成だ。
「できたわ! それにしても、粉か……。その考えはなかったわね」
今見ているのはできたばかりの米粉ではなく、魔界のどこでも採れる黒芋だ。硬くてゴムのような食感で、そのくせ噛むとねばつく。もふ魔達のおかげで、ヒントを得た気がする。
「いっそのこと、これも粉にしようかしら」
「ぎー、きゅっき?」
「ぎぃー、きゅっききゅ?」
「こっちもって……黒芋は、砕かなくていいの」
もふ魔達はすり鉢が楽しかったらしく、物足りないみたい。だけど芋を粉にする方法は、砕くだけじゃない。
「追加でおろし金を頼んでおいて、良かったわ」
差し入れのキッシュを気に入ったドワーフが先日、「他にも必要なものはあるか」と聞いてくれたのだ。そこで私は、おろし金と銅製のボウルをお願いした。
「こんなところで、役に立つなんてね」
黒芋の皮をむき、軽く下茹で。
次におろし金ですりおろす。
ドワーフ製は使い勝手がとてもよく、それほど時間をかけず、たくさんすりおろせた。
「とろろ芋? ねばつき具合は似ているけれど、黒いわ」
まとめてすりおろした芋を、清潔な麻の布にくるむ。
続いて力一杯絞ると、液体がボウルに落ちていく。
後は底に沈殿したものだけを、乾燥させればいい。
「でんぷんの作り方だけど、うまくできるかしら?」
じゃがいものでんぷんは、『片栗粉』。
とうもろこしのでんぷんは、『コーンスターチ』。
それなら黒芋からできる、これは?
しばらく経つと、黒っぽい粉ができた。
水で溶くとねばつくが、何かに似てもいるような。
「どこかで見た気がするんだけど……」
「きゅーい♪」
「きゅきゅーい」
退屈そうなもふ魔達が、調理場内を跳ね回る。
まん丸な身体はゴムまりのようだけど、ちょうど誰もいない時間帯で良かった。もしも料理長に見つかれば、「シチューにするぞ!」と脅されるかもしれない。
彼らならお風呂と言って、逆に喜びそう。
シチューにそのまま入ったもふ魔達を想像して、おかしくなった。魔界では珍しくなくても、黒くてまん丸な具材の入った液体は、人間界ではあり得ない。
「あり得ない? ……いえ、あるわ」
前世で過ごした楽しい時間が甦る。
友達と、学校帰りに飲んだのは――――。
「そうか、タピオカ!!」
黒い粉は、色づけされたタピオカ粉に似ている。
こんなにねばついてはいないが、米粉と混ぜればいけるかもしれない!
タピオカ粉の原料は、キャッサバ芋の粉。
過酷な環境に強い芋の、やはりデンプンだった。
ただしあれは元々白く、黒糖などで黒くする。
「黒いから、このままでも平気ね。ねばつきを消すために、さっきの米粉を入れてみましょう」
貴重な米の粉だけど、ちょっぴりだったら大丈夫。
てんさい糖を水で溶かしたものに、黒芋の粉と少しの米粉を加えて練ると、お餅のようなものができた。あとはこれを少しずつ丸めて、茹でるだけ。
「時間はかかるけど、柔らかく食べられるならいいわよね?」
茹でた後は、もちろん味見。
「ん。甘くていい感じ」
まだ芯は残っているが、味や食感はまさしくタピオカのそれだった。
タピオカ作りに集中する私を見て、もふ魔達はもう遊んでもらえないと悟ったらしく、そのまま去っていく。
「ごめんね。もし上手にできたら、お礼にたっぷり遊んであげるから」
入れ替わりに戻った料理長が、私に質問する。
「ヴィー、この鍋はなんだ?」
「完成してのお楽しみです。すみません、保温しているので、もう少しこのままにさせてください」
「もちろんいいが、形が不揃いだぞ」
「不揃いなのは、技術不足です」
苦笑しながら時を待つ。
時間を置いて再度たっぷりのお湯でゆがくと、輝く黒のタピオカが現れた。
「できたわ! とうとう完成しました」
多めに作ったタピオカを少しずつお皿に入れて、果物を添えた。それを調理場のみんなに振る舞う。
「美味いっ! なんだこれ」
「この食感は、初めてだな」
「甘いから、デザートか?」
「ええ。原料はなんだと思います?」
満面の笑みで尋ねると、ほとんどの魔族が「卵」と答えた。一部「目玉」との返事があったけど、それは聞こえなかったことにしよう。
「じゃじゃーん、なんと黒芋です! 粉にして加工すると、こんな味になりました」
「おおおーーっ」
「なんだと!? すごいじゃないか」
調理場のみんなは大騒ぎ。
だってあの硬くてマズい黒芋が、こんなに美味しくなったのだ。




