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魔王のひとりごと

魔王様視点です

「今日はまだ、来ておらぬのか?」


「はい、まだのようです」


 侍従が左右に首を振る。

 仕方なく着ていたマントを(ひるがえ)し、ドサリと席に着く。

 魔王の仕事はこれでも忙しく、たった今帰還したばかりだ。


「……疲れたな」


「お一人で向かわれたからでしょう。クリストラン様をお連れになられた方が、よろしかったのでは?」


「あやつには、書類仕事を任せておる。それに人間界には、行きたくもなかろう」


「それは、そうかもしれませんが……」


 エルフの森から要請が来た。

 なんでも人間が森を焼き払おうとしている、と慌てていたのだ。


 人間側の言い分は、「森に住む魔族に襲われた」。

 だが、あの地に魔族はおらず、エルフも人との関わりを好まない。

 嘘をついてまで森を我がものにしようと企む人間は、地下の鉱脈狙いか、あるいは川の砂金を手に入れたかったのか。


 ともかく直接出向き、追い払うことにした。


『魔物が出た!』


『残虐非道の魔王だ。神よ、お助けを』


 散り散りになって逃げる兵の姿は、見ものだった。

 自分達が魔族に襲われたと広めたくせに、今さら何を言う。


「残虐非道の魔王……か。最初に仕掛けたのは、人間だがな」 


 人は神に祈り、聞き届けられないと知るや、魔族のせいにする。己の勝手を(かえり)みず、魔族に罪をなすりつけることもあるのだ。


「神もいい加減、迷惑だろうに」


 (つぶや)き、窓辺に移動した。

 人の中にはもちろん、善良な者もいる。


 窓の外の淡い光は、その善良なる者に()われて魔力を(そそ)いだ光の球だ。維持にはほとんど魔力を使わないが、そのことを彼女は知らない。


「知れば、訪ねて来ぬかもしれぬな」


「魔王様、今、なんと?」


「なんでもない」


 片手を上げて、侍従に退()がれと合図した。


 もうすぐ彼女がやってくる。

 人間は愚かだと知りつつも、彼女は不思議と憎めない。顔を見て言葉を交わす時間が、近頃は待ち遠しくもある。


「待ち遠しいのは、彼女の作る料理か?」




 ノックの音が響いたため、触れずに扉を開く。

 戸口に立つヴィオネッタは、今日も目を(みは)っている。


 ――相変わらず、魔法には慣れていないらしい。


 白いキャップからこぼれた青い髪と、輝く緑の瞳。整った顔立ちだが、彼女は何より魂の色が美しい。


「魔王様、大変お待たせいたしました。本日は、シュー・ア・ラ・クレームです!」


 得意げな笑みを浮かべているところを見ると、今回も満足のいくものができたのだろう。


「しゅーあらくれーむ、とは? 昨日は、ぷりんあらもーど、だったぞ。同じ仲間か?」


「言われてみればそうですね。二つとも人気があります。シュークリームやプリンという名で親しまれているんですよ」


「しゅーくりーむ……か」


 彼女が手にした盆の上には、薄茶の(かたまり)が載っていた。

 光の球のお礼にと、ヴィオネッタは甘い菓子をせっせと作っては、運んでくる。


 手作りのジャムを添えたパイやスコーン、サブレやタルトにジュレ。ジェラートは、冷たくて美味しかったな。

 

「甘いものは疲れに効きます。さ、どうぞ」


 黒曜石を加工したテーブルの上には、侍従が()れたお茶がある。退がれと命じたはずなのに、気の利くやつだ。

 そっと置かれた『しゅーあらくれーむ』とやらも、その存在を主張している。


「一つは岩で、もう一つは水鳥を(かたど)っているのか?」


「ええっと。一つは一般的な形で、シューはキャベツを意味します。もう一つは白鳥なのですが……」


「きゃべつ? よくわからぬが、食べものなのか?」


「はい。野菜の一種です」


「こっちは白鳥か。口に入れば同じなのに、なぜ手間をかける?」


「もちろん、魔王様にご覧いただきたくて。見た目も楽しい方が、ワクワクするでしょう?」


「そんなものか?」


「ええ。料理は味も大事ですが、見た目も大事です」


 食事は魔力を得るためなので、正直なんでも構わない。

 だが、みなは違うようで、年々不満を募らせていた。そんな魔族の様子を見て、このままで良いのかと頭を悩ませていたことは、事実だ。


 きっかけは、彼女の放った一言だった。


『わたくしなら、魔界の食糧事情を改善できるでしょう』


 何をバカなと呆れたが、もしその言葉が真実だとしたら?


 魔界に迷い込む者が、今までいなかったわけではない。

 通常は他の魔族の目を(あざむ)くため、床の魔法陣に引き込むフリをして、遠くに飛ばす。転移先がどこかは知らぬが、命を失うよりはマシだろう。


 いつもはそれで済むはずなのに、あの時ばかりはためらいが生じた。

 

 ――信用できる……か?


 それからは、人間である彼女を魔界に繋ぎとめ、料理をさせたり食材の調査をさせてみたり。ここまで真面目に働くとは予想外だが、嬉しい誤算でもある。


 城の食事が改善されたため、魔力不足を訴える魔族はほとんどいなくなった。

 

「ささ、遠慮なさらずにどうぞ」


 ヴィオネッタが、期待に満ちた顔を向けている。

 我の感想を待っているのか?


「柔らかい。中のこれは?」


「カスタードクリームといって、卵と先日のてんさい糖に少量の麦の粉を合わせたものです」


「悪くない」


「ありがとうございます!」


 ぶっきらぼうな答えにも、ヴィオネッタは礼を言う。


 明るい口調のせいか、逆境にも負けない強靱(きょうじん)な精神のせいか。

 あのフェンリルですら、この人間には一目置いている。下級魔族のインプは言うまでもなく、サイクロプスやスケルトン、ゴブリンや人に恨みを持つドワーフまでもが、彼女の(とりこ)だ。

  

 種族を超えた感情や、特別な時間。

 理解できぬこともないが、自分は魔族の王として、人に流されるわけにはいかない。

 たとえ彼女が、稀有(けう)な魂を持つ者だとしても。


「魔王……様?」


 両手で盆を抱えた彼女が、首をかしげる。

 優しい言葉をかけるのは簡単だが、いずれ人間界に戻す者と親しくしても、意味がない。


「ご苦労だった。退がってよいぞ」


 けれど彼女はまだ、ぐずぐずしている。


「あのぉ……」


「なんだ、まだ何か?」


「魔王様のお好きなものは、なんですか?」


「そなたの作るものなら、なんでもいい。今日のも嫌いではない」


「わかりました。頑張りますね!」


 ヴィオネッタは笑い、弾むような足取りで部屋を出た。

 


 突き放すように告げたのに、喜ぶとはどういうことだ?


 ――人間は、よくわからない。


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― 新着の感想 ―
[一言] もふ魔グッジョブ! どんどん食事改善されるといいな
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