バケツ稲? を育てよう
厳密に言うと稲より少し濃い色で、中の粒も褐色がかっている。味は……。
口に入れて驚いた。
まさしく米だ!
「ぎー、きゅーききゅきゅ?」
「どうしたのって……。これは、大発見よ!!」
魔界に稲が生息しているなら、食材不足も解消できる。黒芋に頼らなくても、美味しい主食が手に入るからだ。
「あなた達、これをどこで見つけたの?」
「きゅい?」
「きゅーー?」
もふ魔達は一生懸命考えている。
しかし間の悪いことに、夜の鐘が鳴った。
稲の捜索は、残念ながら明日に持ち越しだ。
「ぎぃー、きゅいきゅーい」
「ばいばーい……って、私はまだ終わりじゃないのよね」
もふ魔が去った後、調理場に顔を出す。
料理長に直接質問するためだ。
けれど彼は稲を見て、大きな一つ目をパチパチさせた。
「う~ん。知らないな。これは野生の植物じゃないか?」
「野生の稲?」
「なんだ? ヴィーは、その植物を知っているのか?」
「ええ、まあ」
私が知るのは茶褐色ではないけれど、前世の日本には『黒米』という種類もあった。それなら、茶褐色があってもおかしくない。
野生のものなら種を取り、育てて数を増やせばいいことだ。
明日、もふ魔達に案内してもらおう。
「ヒントは案外、身近にあったのね。これなら絶対、役に立ったと認められるわ」
ホッとしたせいか、夜は夢も見ずにぐっすり眠った。
翌日は久々に、フェンリルのルーが合流した。もふ魔達も大はしゃぎ。
「ぎぃー、きゅー、きゅっき」
「きゅっき、きゅっき」
「こっちって……どっち?」
私とルーを案内しようと、張り切っているみたい。城の庭をあちこち飛び跳ね、昨日の行動を思い返しているらしい。
「泥、は明らかに違うわね。その後池に潜って綺麗にしたのね。それから?」
一つ一つ遊び場を巡っているが、まだ稲らしきものは出てこない。
すると突然、もふ魔達がルーの背中に飛び乗った。
「きゅー、ぎゅーーっ」
「ぎゅーーっ」
よくわからないが、なぜかルーには通じたみたい。ルーは私も背中に乗せると、勢いよく駆けだした。
「きゅいーーー♪」
「きゅい、きゅい」
巨大な狼姿のルーの背中は、私ともふ魔達が乗ってもまだ余る。でもしっかりしがみついていないと、振り落とされてしまいそう。
本気を出したルーは速く、周りの景色が飛ぶように過ぎていく。
「ここって…………」
着いて早々驚いた。
ここは、私が魔界で初めて見た風景。すなわち、崖の上のあの森だ。
――石の扉があれば、人の世界に帰れるかもしれない!
思わず探すが、それらしきものは見つからない。
――バカね。帰ったからってどうなるの? 魔王の刻印を付けたままでしょう?
人間界での冤罪も、いまだに晴れていない。思い出すたび悔しいけれど、王子の側にあのヒロインがいる限り、私はきっと悪役だ。
「それより稲よ稲! あなた達、どの辺で遊んでいたのか覚えてる?」
ことさら明るく尋ねて、怒りを抑えた。
「きゅーー」
「きゅいー」
飛び跳ねるもふ魔達に、小走りでついていく。目当てが植物のせいか、ルーは興味がなさそうに、その場にペタンと寝そべっている。
「きゅきゅ」
急に言われて立ちどまる。
そこはまさに魔界の入り口で、石の扉があったと思われる場所だった。
扉はどこにもないけれど、何かが生えている。
「あったわ! どこかと思えば、ここだったのね。来た時には全然気がつかなかったわ」
過ぎた日を振り返り、ため息をつく。
ここに来て三ヶ月にも満たないが、あれからもう、何年も経った気がする。
「種籾にする分だけ収穫しましょう。まずは試してみなくちゃね」
ここで平気なら、もちろん城でもいけるはず。魔界で育つ品種は希少なので、無駄にはできない。
念には念を入れて、大事に育てよう。
収穫を終えて満足した私は、早速種籾を水に浸けてみた。芽が出たところで、城の空き地に蒔いてみる。
ところが育ちが悪く、苗にならない。
「どうして? やっぱり日照不足?」
お米作りに早くも失敗したようだ。
あの地にできたのは偶然で、ここでは無理みたい。
「もしかして、あそこは石の扉のすぐ側だから? 時々日の光を浴びていたの?」
そう考えると納得がいくが、このまま諦めたくはない。
「バケツ稲ならどうかしら? 明るい場所に置くことができれば……」
魔界にもちろんバケツはないため、酒樽をカットし、下半分を利用する。土を入れて種籾を植え替えるけど、肝心の光がない。
太陽は火の塊だけど、それではきっと強すぎる。
前世では、室内の光で植物を栽培する方法があった。だから光があれば……って、魔族に光は無理っぽい。
「ねえ、光の魔法を上手に使える魔族を知らない? 知っていたら教えてほしいの」
ダメ元で、もふ魔達に聞いてみる。
「ぎゅいー」
「ぎゅいー、ぎゅいー」
即座に答えるもふ魔達。
ぎゅいーとは、魔王のこと。
彼ならなんでもできそうだけど、いくらなんでも頼めない。
城を見上げると、魔王の部屋のカーテンがかすかに揺れた。
もしいるのなら、話だけでも聞いてもらいたい。
「魔王様はお忙しいから、無理ね」
「なんだ? 我に用があるのか?」
「ま、まま、魔王様!」
何? 瞬間移動?
急に話しかけられて心臓がとまりそうになったが、なんとか持ち直す。
銀糸の入った黒い衣装もよく似合い、今日もすこぶる美しい。
「ぎぃー、ぎゅいー」
「ぎゅいー、ぎー」
もふ魔達はお構いなしに、私の周りを飛び跳ねる。
「用がないなら、行くぞ」
「魔王様、お待ちください!」
慌てて呼びとめ、これまでのいきさつを話した。
「人間界の作物が生息していた、だと?」
「はい。人間界に通じる扉の近くにあったので、少しの光でいいはずなんです。日中、小さな光を当てることができれば、成長するかもしれません」
「扉? そうか、あやつの仕業だな」
魔王は納得しているが、大事なのはそこじゃない。
「お願いします!」
魔王は金の瞳で私をじっと見つめると、重々しく頷いた。
そして、『バケツ稲』ならぬ『樽稲』の上に、いとも簡単に光の球を出現させる。
太陽のミニチュアみたいで、なんだか可愛い。
「室内に持ち込むことは許さん。それと、枯れた場合は諦めろ」
「……はい」
魔王の力を借りること自体、型破りな方法だ。
彼がいないと育たない作物なら、魔界で広く栽培するのは無理だろう。
だけどそれでも、美味しいお米は捨てがたい!
「暗い土地でも育つように、品種改良できればいいけれど……。残念だけど、そこまで学んでないわ」
私が勉強したのは、食材の調理法と知識だけ。
一から育てる農家の方は、本当にすごい。
それからというもの。
魔王に光の球を維持してもらうため、私は彼の元へせっせと通うことにした。




