表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/56

ゴブリンと仲良くなりました

「いやあ、そんなに()められましても」


 隣にいたスクレットが、なぜか頭をかいている。


 魔族語にどう変換されたのかわからないけれど、これは大根ではなく砂糖大根と呼ばれるもの。すなわち、魔界版の『甜菜(てんさい)』だ。

 

 てんさいは、大根と似た植物だけど種類は別で、砂糖の原料となる。人間界では貴重なハチミツに代わり、重宝されていた。それが形を変えて魔界にもあるなんて!


「ええっと、台所を借りられるかしら? もし甘みだけを抽出(ちゅうしゅつ)できたら、村の特産品になるかもしれないわ」


「えっ!?」


 ゴブリンの若者は驚くが、私には確信めいたものがある。


 勉強していて良かった。

『てんさい糖』はミネラル豊富で、身体にもいい。


 ゴブリンの若者が、自宅の台所を提供してくれることになった。


「急にすみません。お邪魔します」


「おや、まあ」


 若者の母親の協力を得て、『まだら根』こと『てんさい』を綺麗に洗ってカットする。これを温水に(ひた)して煮出せば、糖分だけを抽出できるはずだ。


 かまどには(まき)が使われていたので、木灰も入れてみる。


「なんてことを!」


「こうすれば、不純物が沈殿するんです」


 上澄みだけを集めたものを濾過(ろか)し、煮詰めて水分を蒸発させていく。

 やがて、甘いシロップのようなものができた。


「やっぱり。このままでもいいし、乾燥させれば使い勝手が良くなるわ」


「村長に報告してきます!!」


 慌てて飛び出す若者を、母親が笑顔で見送る。

 残された私はスクレットとともに、彼女にお茶をごちそうになった。


「……これは?」


「木の根を煮出したものよ。昔、さっきのあなたと同じようなことをしたら、父親に『燃料を無駄にするな』と怒られたわ」


「すみません。では、前からご存じで?」


「そうね、なんとなくは」


「費用はこちらで持ちますので、ご心配なく」


 事務的に応えたスクレットに、ゴブリンの母親は苦笑する。


「燃料のことはいいの。魔王様がこんな小さな村にまで注意を払ってくださるなんて、良い時代になったのねえ」


 彼女はそう言うと、感慨深げにため息をつく。


 スクレットはふんぞり返るが、訪問先のリストはすでに用意されていた。


 もしかして、あれは魔王が選んだの?


 魔王レオンザーグは、冷たいように見えて案外仲間思いなのかもしれない。


 木の根のお茶に先ほどのシロップを入れると、甘い麦茶のようなものができた。これならすぐに飲めるし、疲労回復にも効果がありそうだ。


 村長とは、さっきの長老のこと。

 連れて来た若者は、興奮している。


「『まだら根』に、価値があるんですよね!」


「ええ、恐らく」


「ほう。根っこに価値があるとして、その後は?」


 村長の言葉で、みんなの視線が私に集まった。そのため、考えながら口にする。


「持ち帰って魔王様に報告します。料理長にも話して、良い方法を検討しますね」


 今言えるのは、ここまでだ。

 どうかこの村にとって、良い結果になりますように。

 

 


 数日後、加工した『まだら根』の城への納品が決まった。

 その結果、私はゴブリン達が住むこの村に、何度も足を運んでいる。


 砂糖の作り方を村人達に教えるためだけど、軌道に乗れば今後、魔界中に流通するかもしれない。


 ゴブリン達とは、今ではすっかり顔なじみ。冗談を交わす仲になった。


「ヴィオネッタの功績を称えて、『まだら根』の名前を『ヴィオ根っ太』に変えるっていうのはどうだ?」


「いえ、それはちょっと……。『ゴブリン村の砂糖大根』でどうですか?」


「美味しくなさそうだ」


「違いねえ。今のままがいい」


「それにしても、お城で採用されるなんてねえ。そこらの根っこが、お金になるとは思わなかったよ。あんたのおかげだ」


「わたくしも、お役に立てて光栄です」


 村人達の顔は明るい。

 人間界では悪者として描かれることの多いゴブリンだけど、話せば気のいい魔族だ。面倒見の良すぎるところが、玉に(きず)だけど。


「ヤムヤムは、頭もいいのに独身だろ? ヴィオネッタと一緒になったらどうだい?」


 ヤムヤムというのは、初日に私達を案内してくれたゴブリンの若者だ。いつか世のため、魔王の下で働きたいと語っていた。

 

「いえ、わたくしはその……」


「魔王様やフェンリル様がお許しにならないでしょう」


 スクレットが、私の代わりに応えてくれた。


「おや、まあ!」


「そういうことだったのか。()れられてるんだねぇ」


「違っ……」


 慌てて否定するものの、村人達は意味ありげに私を見つめる。


 スクレットが言いたかったのは、『罪人の分際で』という意味だ。


 完全に誤解だが、説明すると悪影響が出そうなのでやめておこう。調査の邪魔になってはいけないと、処分保留中の身であることはわざと伏せているから。


「それはそうと、黒芋の方もなんとかならないかい?」


「すみません。いろんな調理法を試しているのですが、なかなか上手くいかなくて……」


 万一の可能性を考えて、『まだら根』と同じように煮詰めてもみた。

 結果は惨敗。


 煮ても焼いても炒めても、ゴムのような食感と不味さは変わらない。試しに揚げてみたものの、やっぱりダメだった。

 

 心地よい疲れを感じて、村を後にする。城へ戻る道すがら、自然と笑みが浮かぶ。


「今日も、役に立てたわよね?」




 城に到着すると、もふ魔達が出迎えてくれた。


「ぎー、きゅきゅいい」


「ぎぃー、きゅきゅいい」


「お帰りって、言ってくれたのね。ただいま。まあ、あなた達もどこかで遊んできたのね」


「きゅい」


 返事をしたもふ魔の頭には、細長いわらのような植物がくっついている。城で見た覚えはないので、外出したとわかったのだ。


「おいで」


「きゅい」


「きゅーい♪」


 撫でようと抱えて、ハッとする。

 彼らに付着していたのは、前世でよく知る作物だ。


 これは…………稲!?

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ