ゴブリンと仲良くなりました
「いやあ、そんなに褒められましても」
隣にいたスクレットが、なぜか頭をかいている。
魔族語にどう変換されたのかわからないけれど、これは大根ではなく砂糖大根と呼ばれるもの。すなわち、魔界版の『甜菜』だ。
てんさいは、大根と似た植物だけど種類は別で、砂糖の原料となる。人間界では貴重なハチミツに代わり、重宝されていた。それが形を変えて魔界にもあるなんて!
「ええっと、台所を借りられるかしら? もし甘みだけを抽出できたら、村の特産品になるかもしれないわ」
「えっ!?」
ゴブリンの若者は驚くが、私には確信めいたものがある。
勉強していて良かった。
『てんさい糖』はミネラル豊富で、身体にもいい。
ゴブリンの若者が、自宅の台所を提供してくれることになった。
「急にすみません。お邪魔します」
「おや、まあ」
若者の母親の協力を得て、『まだら根』こと『てんさい』を綺麗に洗ってカットする。これを温水に浸して煮出せば、糖分だけを抽出できるはずだ。
かまどには薪が使われていたので、木灰も入れてみる。
「なんてことを!」
「こうすれば、不純物が沈殿するんです」
上澄みだけを集めたものを濾過し、煮詰めて水分を蒸発させていく。
やがて、甘いシロップのようなものができた。
「やっぱり。このままでもいいし、乾燥させれば使い勝手が良くなるわ」
「村長に報告してきます!!」
慌てて飛び出す若者を、母親が笑顔で見送る。
残された私はスクレットとともに、彼女にお茶をごちそうになった。
「……これは?」
「木の根を煮出したものよ。昔、さっきのあなたと同じようなことをしたら、父親に『燃料を無駄にするな』と怒られたわ」
「すみません。では、前からご存じで?」
「そうね、なんとなくは」
「費用はこちらで持ちますので、ご心配なく」
事務的に応えたスクレットに、ゴブリンの母親は苦笑する。
「燃料のことはいいの。魔王様がこんな小さな村にまで注意を払ってくださるなんて、良い時代になったのねえ」
彼女はそう言うと、感慨深げにため息をつく。
スクレットはふんぞり返るが、訪問先のリストはすでに用意されていた。
もしかして、あれは魔王が選んだの?
魔王レオンザーグは、冷たいように見えて案外仲間思いなのかもしれない。
木の根のお茶に先ほどのシロップを入れると、甘い麦茶のようなものができた。これならすぐに飲めるし、疲労回復にも効果がありそうだ。
村長とは、さっきの長老のこと。
連れて来た若者は、興奮している。
「『まだら根』に、価値があるんですよね!」
「ええ、恐らく」
「ほう。根っこに価値があるとして、その後は?」
村長の言葉で、みんなの視線が私に集まった。そのため、考えながら口にする。
「持ち帰って魔王様に報告します。料理長にも話して、良い方法を検討しますね」
今言えるのは、ここまでだ。
どうかこの村にとって、良い結果になりますように。
数日後、加工した『まだら根』の城への納品が決まった。
その結果、私はゴブリン達が住むこの村に、何度も足を運んでいる。
砂糖の作り方を村人達に教えるためだけど、軌道に乗れば今後、魔界中に流通するかもしれない。
ゴブリン達とは、今ではすっかり顔なじみ。冗談を交わす仲になった。
「ヴィオネッタの功績を称えて、『まだら根』の名前を『ヴィオ根っ太』に変えるっていうのはどうだ?」
「いえ、それはちょっと……。『ゴブリン村の砂糖大根』でどうですか?」
「美味しくなさそうだ」
「違いねえ。今のままがいい」
「それにしても、お城で採用されるなんてねえ。そこらの根っこが、お金になるとは思わなかったよ。あんたのおかげだ」
「わたくしも、お役に立てて光栄です」
村人達の顔は明るい。
人間界では悪者として描かれることの多いゴブリンだけど、話せば気のいい魔族だ。面倒見の良すぎるところが、玉に瑕だけど。
「ヤムヤムは、頭もいいのに独身だろ? ヴィオネッタと一緒になったらどうだい?」
ヤムヤムというのは、初日に私達を案内してくれたゴブリンの若者だ。いつか世のため、魔王の下で働きたいと語っていた。
「いえ、わたくしはその……」
「魔王様やフェンリル様がお許しにならないでしょう」
スクレットが、私の代わりに応えてくれた。
「おや、まあ!」
「そういうことだったのか。惚れられてるんだねぇ」
「違っ……」
慌てて否定するものの、村人達は意味ありげに私を見つめる。
スクレットが言いたかったのは、『罪人の分際で』という意味だ。
完全に誤解だが、説明すると悪影響が出そうなのでやめておこう。調査の邪魔になってはいけないと、処分保留中の身であることはわざと伏せているから。
「それはそうと、黒芋の方もなんとかならないかい?」
「すみません。いろんな調理法を試しているのですが、なかなか上手くいかなくて……」
万一の可能性を考えて、『まだら根』と同じように煮詰めてもみた。
結果は惨敗。
煮ても焼いても炒めても、ゴムのような食感と不味さは変わらない。試しに揚げてみたものの、やっぱりダメだった。
心地よい疲れを感じて、村を後にする。城へ戻る道すがら、自然と笑みが浮かぶ。
「今日も、役に立てたわよね?」
城に到着すると、もふ魔達が出迎えてくれた。
「ぎー、きゅきゅいい」
「ぎぃー、きゅきゅいい」
「お帰りって、言ってくれたのね。ただいま。まあ、あなた達もどこかで遊んできたのね」
「きゅい」
返事をしたもふ魔の頭には、細長いわらのような植物がくっついている。城で見た覚えはないので、外出したとわかったのだ。
「おいで」
「きゅい」
「きゅーい♪」
撫でようと抱えて、ハッとする。
彼らに付着していたのは、前世でよく知る作物だ。
これは…………稲!?




