ヒロインの本性
◇◆◇
「嫌、だと?」
「エミリオ殿下、お待ちください! 盗人ってなんのことですか?」
全くわけがわからない。
婚約者の王子が身に覚えのない、ゲームにもないセリフを口にしたからだ。
ここは城の大広間。
壇上の玉座にはヴァルツの国王が座り、重臣達も白い目を私に向けている。
王子の服を掴んで震えているのは、山吹色のドレスを着たピンクブロンドの髪に青い瞳の美少女。
ヒロインのピピだ!
「この期に及んでしらばっくれるのか? お前は国宝を盗んだだけでなく、ここにいるピピに嫌がらせをし、死の危険に晒したそうではないか」
「はああ?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
会ってもいないヒロインを、どうすれば死の危険に晒せるというのだろう? ゲームの強制力かもしれないけれど、それにしたっておかしい。面識のない彼女に、嫌がらせなんてできっこないのに。
それはヒロイン自身も、ちゃんとわかっているはずで――。
「盗みも嫌がらせも、わたくしではありません! きちんとお調べください」
「黙れ、黙れ、黙れ!!」
エミリオ王子の怒声が飛ぶ。
「僕と婚約していながら醜くなっただけでなく、ピピの美しさを妬んで嫌がらせをするとはな。もう許せん!」
――確かに太ったが、醜いと言われるほどではないような……。
美醜は人それぞれで、王子はぽっちゃりが嫌いらしい。
それならなんで、今になって婚約破棄を?
「お聞かせください。わたくしがその方にした嫌がらせ、とは?」
「何をヌケヌケと。忘れたフリをするなら、思い出させてやろう。友人にあることないこと吹き込んで、ピピの悪い噂を広めたそうだな。頭から熱湯を被せたり、割れたガラスの上に突き飛ばしたり、毒まで盛ったというではないか」
何それ?
この王子、顔はいいけどアホらしい。
「いいえ、わたくしに友人などおりません」
言っててちょっと悲しくなったが、先を続ける。
「熱湯を被ったのなら、無事では済まないはずですよね。火傷の痕は? 割れたガラスとは、どこのガラスを指すのでしょう? 毒も知りませんし、まず毒味役が気づくべきでは? そもそも彼女とわたくしとは、接点さえもございません」
「言い訳をするな。見苦しいぞ!」
「言い訳ではありません。わたくしと彼女が会ったところを、見た者がいるのですか? それから、盗まれた国宝とはどれのことでしょう?」
「どれ、とは? 他にも覚えがあるんだな」
「まさか。宝物庫には、何人も軽々しく入れませんよね? それなのに、どうしてわたくしのせいになったのですか?」
「白々しい。自らは手を下さず、人を雇ったくせに。『妖精のブローチ』を盗み出した一味のうち、逃げそびれた一人がお前の名を口にしたぞ」
――『妖精のブローチ』? そんなアイテム、ゲームにだって出てこない。
「盗み出した者が嘘をついています。ここに呼び出してくだされば、違うと証明できるでしょう」
「無駄だ。とっくに斬り捨てている」
「そんなっ!!!」
目を開き、大きく息を呑む。
ようやく気づいた。
これは…………罠だ!
何者かが私を排除しようと、裏で手を回している!!
たまらずドスドス駆け出すと、兵士に行く手を阻まれた。槍で遮られた隙間から、必死に叫ぶ。
「わたくしは潔白です。誓って何も知りません!!」
長く青い髪は乱れ、緑の瞳も血走っているだろうが、見た目なんてどうでもいい。
ここで真実を訴えなければ、本当に死んでしまう。
追放先の魔の森には凶暴な狼が生息していて、生きて帰った者はいない。あの地は残虐非道な魔王の領域で、魔界に通じる道がどこかにあると信じられていた。
狼も魔物も、どっちもごめんだ!!
しかし王子のエミリオは、呆れたように肩をすくめる。
「あくまでも罪を認めないと言うのだな。本来ならば拷問するところを、追放で済ませてやるんだ。ありがたく思え」
まさか王子が、嘘をでっち上げたの?
「いいえ。無実なのに、ありがたいとは思えません。婚約を破棄したいなら、最初からそう言えばいいでしょう!」
「なんだと? 相変わらず、可愛げのないやつめ。少しはピピを見習え」
震えるだけのヒロインを?
皮肉っぽく口を曲げ、私はピピを注視した。
悪役令嬢が何もしなくても、ヒロイン有利に進むみたい。
王子がダメなら国王は?
私に対する息子の横暴を、とめてくれるだろう。
「国王陛下、お願いです。どうか! ……きゃあっ」
兵士に引き倒される直前に見た国王は、あからさまに目を逸らしていた。王はことなかれ主義らしく、一切の発言を拒んでいる。
ヒロインと拘わらないよう、生きてきたのに。
悪役令嬢に転生したというだけで、どうして死ななくてはならないの?
しかもなぜか、一年も早く!!
「どうして……」
現実が受け入れられず、床に手をつきうなだれた。
絶望に駆られたその時、軽い足音が聞こえてくる。
「行くな、ピピ!!」
「いいえ。可哀想なこの方を、放っておくなんてできません」
――ああ、やっぱり。乙女ゲームのヒロインは優しいのね。
没落寸前の伯爵家で育ったピピは、天使のような容姿に加えて心も美しい。
彼女は兵士に待ったをかけると、私の横に膝をつき、背中に手を添えた。
「ヴィオネッタ様、大丈夫ですか?」
「……ありがとうございます」
私は安堵し、感謝の目でヒロインを見つめる。
慈愛に満ちた表情は、まるで聖女だ。
ピピは愛らしい顔を寄せ、私の耳にそっと囁く。
「ふふ。せっかく醜く太ったのに、無駄になったわね。豚は豚らしく這いつくばっていればいいの。ゲームの世界に転生したのは、貴女だけではないのよ」