表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/56

ヒロインの本性

 ◇◆◇




「嫌、だと?」


「エミリオ殿下、お待ちください! 盗人ってなんのことですか?」


 全くわけがわからない。

 婚約者の王子が身に覚えのない、ゲームにもないセリフを口にしたからだ。


 ここは城の大広間。

 壇上の玉座にはヴァルツの国王が座り、重臣達も白い目を私に向けている。

 王子の服を掴んで震えているのは、山吹色のドレスを着たピンクブロンドの髪に青い瞳の美少女。

 ヒロインのピピだ!

 

「この期に及んでしらばっくれるのか? お前は国宝を盗んだだけでなく、ここにいるピピに嫌がらせをし、死の危険に(さら)したそうではないか」


「はああ?」


 思わず素っ頓狂(すっとんきょう)な声が出た。


 会ってもいないヒロインを、どうすれば死の危険に晒せるというのだろう? ゲームの強制力かもしれないけれど、それにしたっておかしい。面識のない彼女に、嫌がらせなんてできっこないのに。

 それはヒロイン自身も、ちゃんとわかっているはずで――。


「盗みも嫌がらせも、わたくしではありません! きちんとお調べください」


「黙れ、黙れ、黙れ!!」


 エミリオ王子の怒声が飛ぶ。


「僕と婚約していながら醜くなっただけでなく、ピピの美しさを(ねた)んで嫌がらせをするとはな。もう許せん!」


 ――確かに太ったが、醜いと言われるほどではないような……。


 美醜は人それぞれで、王子はぽっちゃりが嫌いらしい。

 それならなんで、今になって婚約破棄を?

 

「お聞かせください。わたくしがその方にした嫌がらせ、とは?」


「何をヌケヌケと。忘れたフリをするなら、思い出させてやろう。友人にあることないこと吹き込んで、ピピの悪い噂を広めたそうだな。頭から熱湯を(かぶ)せたり、割れたガラスの上に突き飛ばしたり、毒まで盛ったというではないか」


 何それ?

 この王子、顔はいいけどアホらしい。

 

「いいえ、わたくしに友人などおりません」


 言っててちょっと悲しくなったが、先を続ける。


「熱湯を被ったのなら、無事では済まないはずですよね。火傷の(あと)は? 割れたガラスとは、どこのガラスを指すのでしょう? 毒も知りませんし、まず毒味役が気づくべきでは? そもそも彼女とわたくしとは、接点さえもございません」


「言い訳をするな。見苦しいぞ!」


「言い訳ではありません。わたくしと彼女が会ったところを、見た者がいるのですか? それから、盗まれた国宝とはどれのことでしょう?」


「どれ、とは? 他にも覚えがあるんだな」


「まさか。宝物庫には、何人も軽々しく入れませんよね? それなのに、どうしてわたくしのせいになったのですか?」


「白々しい。自らは手を下さず、人を雇ったくせに。『妖精のブローチ』を盗み出した一味のうち、逃げそびれた一人がお前の名を口にしたぞ」


 ――『妖精のブローチ』? そんなアイテム、ゲームにだって出てこない。


「盗み出した者が嘘をついています。ここに呼び出してくだされば、違うと証明できるでしょう」


「無駄だ。とっくに斬り捨てている」


「そんなっ!!!」


 目を開き、大きく息を呑む。

 ようやく気づいた。

 これは…………(わな)だ!

 何者かが私を排除しようと、裏で手を回している!!


 たまらずドスドス駆け出すと、兵士に行く手を(はば)まれた。槍で(さえぎ)られた隙間から、必死に叫ぶ。


「わたくしは潔白です。誓って何も知りません!!」


 長く青い髪は乱れ、緑の瞳も血走っているだろうが、見た目なんてどうでもいい。

 ここで真実を訴えなければ、本当に死んでしまう。


 追放先の魔の森には凶暴な(おおかみ)が生息していて、生きて帰った者はいない。あの地は残虐非道な魔王の領域で、魔界に通じる道がどこかにあると信じられていた。

 狼も魔物も、どっちもごめんだ!!


 しかし王子のエミリオは、(あき)れたように肩をすくめる。


「あくまでも罪を認めないと言うのだな。本来ならば拷問するところを、追放で済ませてやるんだ。ありがたく思え」


 まさか王子が、嘘をでっち上げたの?


「いいえ。無実なのに、ありがたいとは思えません。婚約を破棄したいなら、最初からそう言えばいいでしょう!」


「なんだと? 相変わらず、可愛げのないやつめ。少しはピピを見習え」


 震えるだけのヒロインを?

 皮肉っぽく口を曲げ、私はピピを注視した。

 

 悪役令嬢が何もしなくても、ヒロイン有利に進むみたい。

 王子がダメなら国王は? 

 私に対する息子の横暴を、とめてくれるだろう。


「国王陛下、お願いです。どうか! ……きゃあっ」


 兵士に引き倒される直前に見た国王は、あからさまに目を()らしていた。王はことなかれ主義らしく、一切の発言を拒んでいる。


 ヒロインと(かか)わらないよう、生きてきたのに。

 悪役令嬢に転生したというだけで、どうして死ななくてはならないの? 

 しかもなぜか、一年も早く!!


「どうして……」


 現実が受け入れられず、床に手をつきうなだれた。

 絶望に駆られたその時、軽い足音が聞こえてくる。


「行くな、ピピ!!」


「いいえ。可哀想なこの方を、放っておくなんてできません」


 ――ああ、やっぱり。乙女ゲームのヒロインは優しいのね。


 没落寸前の伯爵家で育ったピピは、天使のような容姿に加えて心も美しい。

 彼女は兵士に待ったをかけると、私の横に膝をつき、背中に手を添えた。


「ヴィオネッタ様、大丈夫ですか?」


「……ありがとうございます」


 私は安堵(あんど)し、感謝の目でヒロインを見つめる。

 慈愛に満ちた表情は、まるで聖女だ。


 ピピは愛らしい顔を寄せ、私の耳にそっと(ささや)く。

 

「ふふ。せっかく醜く太ったのに、無駄になったわね。豚は豚らしく()いつくばっていればいいの。ゲームの世界に転生したのは、貴女だけではないのよ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ