食材調査のお仕事
「ヴィオネッタ。我はそなたに、食材の調査を命じる」
「……え?」
てっきり、人間界から取り寄せたものを無駄にした、と怒られるのかと思っていた。発注したのは料理長でも、頼んだのは私だ。
魔王はまだ、請求書に目を通していないの?
「聞こえなかったんですか? それとも頭が悪くて、一度では理解できないと?」
「クリストラン、余計な口を挟むな」
「はっ。申し訳ありません」
吸血鬼は、いつまで経っても懲りない。魔王の叱責がもはや生きがい、とか?
思わず彼と視線が合うと、モノクルをかけた顔をしかめられてしまった。
魔王がじれったそうに爪で肘掛けを叩くので、よそ見している場合ではないと気づく。
私は慌てて姿勢を正す。
「食材調査とは、具体的にどういったことでしょう?」
「城の中だけでなく、外も調べよ」
「外ぉ!?」
びっくりして、変な声が出てしまった。
それって処分を待つ身でありながら、自由に外出できるってことだよね?
「そうだ。人間界の作物が育たないことは、十分理解したはず。元からある、食べられるものを探せ」
バレてる――。
人間界から取り寄せた作物を私が全てダメにしたこと、魔王はとっくに知っていた。弁償しろと言われないだけ、マシなのかな?
「魔王様のお言葉ですよ。早く返事をしなさい!」
「フワァ~~」
不機嫌な声の吸血鬼とは対照的に、ルーはのんきにあくびしている。でもそのおかげで、余分な力みが取れた。
「あのぉ〜拒否権は……」
「ない」
「お言葉ですが、外は危険がいっぱいです。土地勘もありませんし、わたくし一人では不可能かと」
「一人? ……まさか」
魔王が声を発した直後、ルーがその場で立ち上がる。
狼姿のため、もちろん四本足で。
「フェンリルを付けよう。彼なら文句はあるまい」
「そうですね」
「上級魔族を、人間ごときにあてがうなど……」
吸血鬼が、小さな声でぶつぶつ言っている。
「文句があるなら、お前が行くか?」
「いいえ、とんでもございません」
魔王は身震いする吸血鬼に、鋭い目を向けた。
ルーは眠そうに大あくび。
私はとっても嬉しいけれど、ルーは嫌々付き合わされているのだろうか?
「フェンリルが無理な時は、代わりを用意する。現在の仕事は別の魔族を割り振ろう。いいな」
それは、確認ではなく命令だった。
ただ、魔界に貢献するならいい機会かもしれない。
「かしこまりました」
メイド服のスカートを摘まんで、優雅にお辞儀。これでも元貴族なので、礼儀作法はバッチリだ。
「話は以上だ。退がってよいぞ」
「失礼いたします」
部屋の外に出た途端、もふ魔につかまる。
「ぎー、きゅーきゅっきゅ?」
「どうだったって……。そうね、あなた達と遊ぶ時間は、当分取れなくなりそうよ」
「きゅい?」
「きゅー」
「悲しい声を出しても、どうにもならないの。でもまあ本音を言えば、お城の外にも興味はあるわ」
「きゅきゅきき?」
「楽しみかって? ええ。だって、美味しいものをたくさん見つけられるかもしれないでしょう?」
魔界の食材調査は、考えてみればありがたい。知識が増えるだけでなく、直接目で見て確かめられるのだ。広く知られていないだけで、美味しいものが出てくる気がする。
こうして私は、外出が許されるようになった。
「ルー、今回もよろしくね」
「ガウ」
念願のもふもふにも乗れた。
しっかり掴まらないと振り落とされてしまうけど、フェンリルが走れば馬車や馬より早い。おかげで泊まりの距離も日帰りで、夜にはしっかりベッドで眠れる。
今日もルーの背中に乗って、遠くの土地へ。
着いたところは山岳地帯。
美味しい食べ物があるといいな。
「ギイギイ」
「ガァーキィィー」
覚えのある声に空を見ると、多くのハーピーが頭上を旋回している。
――ここってもしかして、ハーピーの巣窟なの!?
恐怖が甦り、ルーにしがみつく。
するとルーは、辺りに響くような遠吠えを始めた。
「オオォォォーーーン、オオォォォーーーン」
一羽のハーピーが降り立ち、ルーに耳を傾ける。
そのハーピーは上半身はものすごい美女だが、手は鳥の翼で下半身も鳥の足だった。威厳があるので、ハーピー達のリーダーだと思われる。
「ピュイィィィ、ピュイィィィ」
鳴きながら何度もこちらを振り向くから、「自分に付いてこい」と言っているようだ。
察したルーは私を自分の背中に乗せ、彼女の後を追う。
「うわあ、綺麗……」
ついつい言葉が零れ出た。
だって山の斜面に、絵本のような花畑が広がっているのだ。
「食材って、花の蜜のことかしら?」
ほんのり霞がかった花畑。
赤や黄色の鮮やかな花からは、嗅いだことのない甘い香りがする。
たとえて言うなら、バニラの香り?
いえ、それよりもっとかぐわしい。
「直接食べられなくても、香り付けには使えそうね」
誘われるように向かうと、なぜかルーに着ていた服の襟を引っ張られてしまう。引き戻された私は、地面にぺたんと座り込む。
「もう、ルーったら。いきなり何?」
「グルルルルルル、グルルルルルル……」
この声は、不機嫌な時だ。
何かがおかしい。
「ガウ、ガルルルル、グワアッ」
ルーが頭上のハーピーを威嚇する。
ハーピーはするりと逃げて、笑い声のようなものを上げた。
「キキキキキ、キキキキキ」
「グワアッ、ガーーーッ」
突然、ルーが飛びかかる。
ハーピーは、ルーのあまりの剣幕に慌てているようだ。
「キーーーッ、ピュイーーーーーッ」
もう、食材調査どころではない。
でもルーは、どうしてそんな反応を?
ふいに花畑の霞が晴れて、遠くまで見渡せるようになった。
その途端、私は戦慄する。
「な、なな、何⁉︎ 花の根元に転がっているのって…………骨?」
大小様々の骨が、花の近くに落ちていた。
花の香りに誘われて、歩いていけば今頃は――。
「食人花? 食魔花?」
私もきっと、転がる骨の仲間入り。
いたずらにしても、質が悪い。
ルーのおかげで助かった。
次から絶対気をつけよう。




