結果は――?
「魔王様、お待たせして申し訳ありません」
「人間の分際で、よくも!!」
怒って立ち上がる吸血鬼を、魔王は一瞥で黙らせた。
私はドキドキしながら、魔王の裁定を待つ。
城中綺麗に掃除をしたし、魔界の食材で美味しいものを作った。
役に立てると、証明できたはずだ。
「我の前に、みなの考えを聞こう」
食堂に魔王の声が響く。
私はゴクリと唾を呑み、耳を澄ました。
「僕はいいと思うよ。ヴィーは美味しいものを作れるし」
「はっ。歴戦の魔族が餌付けされ、人間ごときの味方をするのですか?」
最初にルーが発言し、続く嫌みは吸血鬼のクリストランだ。
若く見えるルーが戦を何度も経験したなんて、想像がつかない。けれど彼は魔王の隣に腰かけているから、それだけの働きをしたのだろう。
そういえば、以前牢の看守が「今の魔王が魔界を統一した」と話していた。ルーの地位は、その時の功績によるものかもしれない。
「だったら何?」
ルーが面倒くさそうに返事をすると、吸血鬼は黙り込む。
「あたしはそれほどでも。プリンは美味しかったけど、他の者に作らせればいいことだもの。人間なんてなんの役にも立たないから、さっさと処分しましょう」
「その通りです。人間を置いても、いいことなんてありません」
ゴルゴンの意見に、吸血鬼が賛同する。
窯焼きプリンはちょっとしたコツがいるので、私がいなくなったら作れないのに。
私<<越えられない壁<<<プリン
それもちょっとどうかと思う。
「ヴィーは、甘いものをたくさん作れるよ。本当にいいの?」
「えっ?」
ルーの発言に、ゴルゴンが私の方を向く。
石化するかと心配したが、サングラスのような色眼鏡をかけているのでセーフだ。
吸血鬼はルーを睨みつけている。
フェンリルのルーは、心強い味方。
もし生き延びることができたら、彼の好きな肉料理をたくさん作ってあげよう。
「あたしの考えはもういいわ。あんたはどうなのよっ」
死神(?)がとばっちり。
彼は頷いた後、首を左右に振っている。
「美味しかったから、まだ処分するべきではないと? 仕事をさぼるつもりですか?」
吸血鬼は、死神の言葉がわかるみたい。
死神が処刑に賛成すれば、三対一。私の生存は絶望的だ。
「魔王様、わたくしは精一杯努力しました。このまま消されるなんて、あんまりです!」
必死な私に、吸血鬼が追い打ちをかける。
「勝手に発言していいと、誰が言いましたか? 魔王様、これでおわかりでしょう。礼儀をわきまえない人間を処分するのに、我々が話し合う必要はありません」
「なんだ? クリストランは、我に不満があるようだな」
「魔王様! いえ、決してそのようなことは…」
吸血鬼の焦る様子に、ルーがクスクス笑う。
――この二人、実は仲が悪い?
魔王はテーブルに肘をつくと、組んだ手に顎を乗せた。
「ふむ。意見が割れているようだが、我は『考えを聞く』と口にしただけだ。採用するとは言っておらん」
――それならまだ、望みはある?
「我が思うに城は前より快適で、食事も悪くない」
助かって人間界に戻れるかもしれないという期待に、手の震えがとまる。
「だが、食糧事情の改善、というほどではないな。大きく出たが、果たされてはいないようだ」
「魔王様のおっしゃる通りにございます」
吸血鬼が、すかさず相槌を打つ。
私はショックを受けて、立っているのがやっとだ。
ゴルゴンの赤い唇が弧を描き、ルーは真顔になっている。死神の表情は……どくろのせいで、よく見えない。
ふいに起こった耳鳴りをとめたくて、両手で耳を塞ぐ。
何かを話し合っているようだけど、結論は出たのだろうか?
「聞け、ヴィオネッタ」
魔王に一喝された途端、手が弾かれて脇に落ちる。金色の瞳に見つめられ、視線が逸らせない!!
「そなたの処刑は保留とする。引き続き励めよ」
「レオンザーグ様、それでは話が違います!」
「この女を、あなたのお側に置くなんて嫌よ!!」
吸血鬼とゴルゴンが揃って立ち上がる。
吸血鬼は相変わらずだけど、ゴルゴンが私の処分を勧めた理由って、それ? 彼女は魔王のことが好き?
「お前達、我の決定に納得できないと?」
「それは……」
「我は『悪くない』、と言った。その意も汲めぬほど、愚かだったとは」
「あ、あたしは魔王様のお考えに従います。処刑しようと思えば、いつでもできますもの」
「なっ……裏切り者!」
吸血鬼とゴルゴンが言い争っている。
死神は無言で、ルーは興味がなさそうにそっぽを向いていた。
「ヴィオネッタ、退がってよいぞ」
結果は、またしても延期。
撤回されずに悲しむべきか、命が助かったと喜ぶべきなのか……。
私は複雑な思いで、魔王に頭を下げた。
頑張っても報われないこと。
精一杯努力しても認められないこと。
世の中に不条理は多々あるけれど、心が折れたらそこで終わり。
だから私は諦めない。
自分にしかできないことが、必ずあるはずだ。




