銀髪の美少年
レイヤーの入った長めの銀髪に、切長の目の美少年。初めて会ったはずなのに、妙に馴れ馴れしい。
「……どなたですか?」
「ヴィー、僕のことがわからないの?」
どこか物憂げな感じの美少年には、前世も今世も通して会った覚えがない。ついでに言うと、彼はゲームの『カルロマ』の中にも出てこなかった。
考え込む私の側で、もふ魔達が嬉しそうに弾んでいる。
「きゅー」
「きゅー」
――きゅー? それって……。
「もしかして、ルー? フェンリルの?」
間違っていたらいけないので、確認のためにフェンリルと付け足す。
「そうだよ。すぐにわかってくれないなんて、悲しいな」
白いシャツにクリーム色のトラウザーズを合わせた美少年が、肩をすくめた。
言われて見れば、目元のあたりがよく似ている。
でも待って!
人の姿になれるなら、今までどうして狼のままだったの?
「フェンリル様じゃと? おい、人間! 上級魔族になんて態度をとるんじゃ!! これはこれは、ようこそお越しくださいました」
ドワーフのお爺さんは私を怒り、ルーには地面につくほど頭を下げている。
「そういうの、いいから。……で、どうなの?」
「どうなの、と申しますと?」
「ヴィーの願いだよ。疑う前に食べてみれば?」
フェンリルのルーに勧められ、ドワーフのお爺さんは籠の中のパンに渋々手を伸ばした。
一口囓った途端、顔つきが変わる。
「こ、これは!! どうしてこんなに柔らかいんだ?」
「それは、ちょっとしたコツがあるんです。発酵時間を長くして、ハチミツやバターをたっぷり入れれば……」
「じゃがわしは、硬いパンの方が好きじゃ」
「フランスパンもありますよ。火力が足りないので、バリッとは焼けませんでしたが」
「ふらんすぱん、とはなんじゃ?」
「それは……」
「で、どうなの?」
ルーがいらいらしたように腕を組む。
その手には、さっき取ったスコーンがそのまま残っている。
だって彼は肉食だ。
「フェンリル様のご命令とあれば」
「違うよ。僕はヴィーを迎えに来ただけ。彼女の要望を聞くかどうかは、自分で決めてほしいな。ま、魔王の意向でもあるけど」
「……む」
ドワーフが迷っている。
ここは、もう一押しだ。
「調理器具や石窯があれば、城の食事が改善されます。全ての魔族が、あなたの腕に感謝するでしょう。でもまあ、武器しか作れないのでは仕方がありませんね」
「なんじゃと?」
「だってそうでしょう? わたくしのせいにしていますが、本当はできないから断っているんですよね」
「なっ……。このわしを侮辱するのか! 金属の箱や銅製の鍋など、朝飯前じゃ。そんなもん目をつぶってでもできる……」
「だって。良かったね、ヴィー」
「ええ」
すかさず口を挟んだルーに、私は急いで相槌を打つ。
ドワーフはしまったというふうに、苦々しげな顔をしている。
「ありがとうございます。楽しみですわ」
私はドワーフに礼を言い、前もって描いた図と仕様書を素早く広げる。
金属製の冷蔵庫や銅製の鍋とフライパンは、料理教室で使っていた。オーブン代わりの石窯は、研修先で見たことがある。
冷蔵庫に使う断熱素材は、料理長にお願いしておいた。ドワーフの了承さえ取り付ければ、理想のものができるだろう。
「ここまで具体的じゃとは……。いや、わしはまだお前を認めたわけではない。調子に乗るなよ、人間」
「ええ、肝に銘じます」
最短で仕上げてほしいと念押しして、鍛冶場を後にした。鍛冶場を仕切るドワーフとの交渉が成立したのは、ルーのおかげだ。
地上に向かう長い階段を上りながら、私はルーと新鮮な気持ちで会話する。
「ルー、ありがとう」
「どういたしまして。でもこれで、ヴィーは肉料理に専念できるね。調理器具が良くなれば、もっと美味しいものが作れるんでしょう?」
調理場の床に寝そべっていた、狼姿のルー。彼は何気なく零した私の愚痴を、しっかり覚えていたらしい。
「ええ。でも、他の料理も作るつもりよ。それよりあなた、本当にルーなのね」
「そうだよ。もふもふ好きのヴィーが、僕のどこを触ったか言い当てようか?」
「え? それはいいから」
頭や胸や背中など、人の姿で考えると、ただのセクハラだ。私は赤面しながら、慌てて話題を変える。
「ところで、人型になって話せるなら、どうして今までそうしなかったの?」
「……ん? 面倒くさいから」
「まさか、たったそれだけの理由?」
「うん。他に何が?」
不思議そうに首をかしげるルーだけど、彼はこれでも上級魔族だ。
私の知る上級魔族は、今のところ二人だけ。吸血鬼は元からでフェンリルも人の姿になれるなら、上級魔族の定義って――。
「ねえ、ルー。上級魔族って、みんな人の姿になれるの? だったら魔王様も……」
「ガウゥ」
気がつけば、ルーはいつもの姿に戻っていた。
もふ魔達は喜んで、当然のように彼の背中を陣取っている。
「きゅー、きゅいー」
「きゅー、きゅきゅきゅー!」
――着ていた服は、どこいった? ま、いいけどね。
いつか私も乗せてもらおうと野望を抱いていたけれど、美少年の姿を目にした今となっては恥ずかしい。これからは触るところに気をつけて、もふもふさせてもらおう。
やがて、冷たいまま保存できる冷蔵庫のような箱と、銅製の鍋やフライパンが完成した。ドワーフの弟子には石工やガラス職人もいるらしく、石窯の外側にはガラスのタイルが埋め込まれ、見栄えも美しい。
調理場一同、喜んで使っている。
朝飯前だという言葉通り、短期間で納入されたため、ダメ元で他の調理器具も頼んでみた。
「粗い目と細かい目の二種類のざると泡立て器、すり鉢はできますか?」
「何度言えばわかる? わしにできないものなどないと、言うておるじゃろうが!!」
慌てて口をつぐんだドワーフだけど、私はその機を逃さない。
「ありがとうございます! おかげで料理の幅が広がりますわ」
依頼したざるは、裏ごしや粉をふるう時に使うつもり。泡立て器はお菓子作りに役立つし、すり鉢は木の実や硬いものをすりつぶすのに使える。
調理器具が増えたことで、作りたい料理があれもこれもと思い浮かぶ。
処刑の有無が決定する運命の日まで、あと少し。最善を尽くそう。




