ドワーフを説得しよう
「ぎー、きゅっき」
「ぎぃー。きゅっき、きゅっき」
「こっちこっちって……。足場が悪いから、もう少しゆっくりお願い」
すると一匹のもふ魔が、メイド服を着た私の背中に体当たり。
早く案内したいのはわかるけど、それだと階段を踏み外してしまうじゃない。
私達は今、魔王城の地下深くにあるという鍛冶場に向かっている。地面をくりぬいて作られたと思われる、大きな穴。その周りにある土の壁に沿って、少しずつ下へ進んでいるのだ。
ところどころ木の扉があってランプが灯されているため、そこまで暗くない。
中央が吹き抜けとなっているのは、翼ある魔族のためだろう。もふ魔達にも小さな羽はあるけれど、飛び跳ねる方が好きらしい。
――ま、可愛いからなんでもいいんだけどね。
かれこれ三十分以上休まず歩いている。
帰りのことを考えると、ちょっとうんざりしてしまう。
もうそろそろ着いてもいい頃だけど……。
「きゅいきゅ」
「きゅっき」
もふ魔達はある場所でとまると、壁に開いた穴に私を導く。
着いた、こっちってことみたい。
そこは通路となっていて、天井が低かった。促されるまま歩いていくと、奥に明るい光が見える。硬いものを打つような、リズミカルな音も聞こえてきた。
「ようやく目的地ね。あら? でもここ、通れないわ」
光ははっきり見えているのに、透明な壁に遮られているのか、そこから先へは進めない。
焦る私のすぐ横で、もふ魔が可愛く鳴く。
「ぎぃー、ぎゅいー!」
「ぎゅいー、ぎゅいー♪」
「ぎゅいーは……魔王? あ、そうか」
私はしまっておいた羊皮紙を、慌てて取り出した。広げてみたけど、何も起こらない。これは、どうやって使うのだろう?
「きゅ〜〜」
一匹のもふ魔が雄叫び(?)を上げ、羊皮紙に突っ込んだ。自分の身体に巻きつけたまま、見えない壁に体当たり。
「あっ! そんなことをしたら破け…………ないのね」
パチンと弾けるような音がして、もふ魔は向こうにふわりと降り立った。
「なんだ。使い方は簡単だったのね」
魔王にもらった羊皮紙を、見えない壁に押し当てれば良かったみたい。
私は落ちた羊皮紙を拾い上げ、もふ魔達と先へ向かう。
明るい光は、鍛冶場のものだった。
火の入った大きなかまどや金属製の台、溶けた金属を流し込む石のようなものがある。
かまどの前で軽快な音を立てているのは、魔族というより小さな老人で、背は私の半分ほどしかない。反面、身体つきはがっしりしていて、金槌で金属を叩いて伸ばしていた。
「あのう……」
手をとめたところを見計らい、遠慮がちに声をかけたが気づかれない。
もふ魔達はお構いなしに、飛び跳ねていく。
「ぎゅー」
「ぎゅいー」
「なんじゃ、お前ら。下級魔族が、わしの仕事を邪魔するのか?…………人間!!」
その目が私の姿を捉えるや、勢いよく立ち上がる。
自分だって人なのに、どうしてそんなに驚くの?
「人間が、どうやってここまで来た? まさかまた、わしらを追い出すつもりか!!」
白いあごひげをたくわえた小さな老人が、私に向かって怒鳴った。
――追い出すって、どういうこと?
「あのぉ。わたくしは人間ですが、魔王様の許可を得て、こちらにまいりました」
私は自分の言葉を証明すべく、彼からも見えるように羊皮紙を掲げた。
「確かに許可証じゃ。じゃが、魔王が人間を側に置く、じゃと?」
「でも、あなたも人間ですよね?」
「何を言う! 誇り高きドワーフ族を、自分勝手な人間と一緒にするな!!」
またもや怒られた。
ドワーフという単語なら、聞いたことがある。だけどあれって、魔族じゃないような……。
「ふん。お前さんの考えそうなことなら、すぐにわかるわい。わしは魔族じゃないが、人間のせいでかつての住処を奪われた。後から来たくせに、鉱山を我が物顔で征服するとは、ひどいやつらじゃ」
――なるほど。だから人間を嫌うのね。
「そんなわしを、魔王がここに受け入れた。じゃが、魔王ともあろうものが、このわしに人間の遣いを寄越すなど、考えてもみなかったぞ」
ドワーフは軽蔑した目で、私を上から下までじろじろ眺めた。
――ドワーフの人間嫌いは、筋金入りらしい。……って、それだとマズいんですけれど。
「お願いがあります」
「嫌じゃ」
「まだ何も言っていないのに?」
「人間に協力する気はない」
「いえ、わたくしというより魔界の食事に関することです」
ドワーフの動きがとまったため、一気に畳みかける。
「城の調理場にある氷室が壊れてしまいました。穴蔵に氷だけでは保存に限界があるので、断熱性に優れた金属の箱がほしいです。それから、料理をするための石釜や銅製の鍋、フライパンなども。あれば、美味しい食事が提供できるでしょう」
「はあ? 人間ごときが生意気な。わしゃ知らん」
「わたくしだけでなく、あれば調理場や城のみんなが助かるのですが……」
けれどドワーフは頑として考えを変えず、仕事の邪魔だと私達を追い出した。
「ぎい?」
「ぎぃー、きゅいきゅーい?」
「ええ、大丈夫よ。こんなところで諦めたら、美味しいものは作れないもの……そうか!」
自分の言葉にハッとする。
「お願いごとをするのに、手ぶらでくるなんてどうかしていたわ。あなた方、悪いけど明日も付き合ってくれる?」
「きゅーい」
この階段をまた上り下りするのはうんざりするが、背に腹は代えられない。
その日の夜、私はメニューの開発兼ルーのための食事の他に、パンやスコーンを焼いた。翌日、鍛冶場に持って行くためだ。
「たとえ魔王の頼みだろうと、人間の言うことは聞かん!」
「そこをなんとか……」
「ええい、しつこいわ。怪しいものを持って来おって。そんなもんに騙されるわしではないぞ!」
「一口召し上がっていただくだけでも……」
「要らん。しつこいと言っておるじゃろう!!」
さっきからずっとこの調子で、ドワーフのお爺さんは聞く耳を持たない。
ここまで来るのは時間がかかる上、約束の期限まで半月ほどしか残っていなかった。ここでこうしている間にも、時間はどんどん過ぎていく。
「冷蔵庫や調理器具は、諦めるしかないの? 使いにくい道具で何品も仕上げるとなると……」
「きゅいー」
「きゅーー」
もふ魔が同情してくれるけど、八方塞がりだ。
前日に仕込むにしても、壊れた氷室ではきっと食あたりを起こす。
吸血鬼が食あたり……はいいとして、魔王に何かあれば確実に処刑されてしまう。
もう一度だけドワーフを説得しようと、私はパンや焼き菓子の入った籠を両手で捧げ持つ。
「どうかお願いいたします。これは、あなたにしか頼めません。魔界を救うと思って……」
「それ、要らないの? だったら僕が、全部もらっていいよね?」
突然、背中から声がかかった。
びっくりして振り向くと、柔らかそうな銀色の髪の美少年が立っている。彼はポカンと口を開けた私を横目に見て、籠の中に手を伸ばす。
ハチミツたっぷりのスコーンを選ぶとは、なかなかお目が高い……じゃ、なくて。
――――――誰?




