夢なら醒めてほしかった
「ヴィオネッタ・トリアーレ! 僕は醜い盗人を妃にするつもりはない。この婚約を破棄し、お前を魔の森に追放とする!」
金色の髪に青い瞳の麗しい青年が、壇上から高らかに告げた。
彼は私の婚約者、第一王子のエミリオ様。
「そんな……嫌よっ!!」
気をつけていたはずなのに、誰も傷つけてはいないのに。
どうして、こんなことになったのだろう?
周囲を見渡しても味方はおらず、私を睨みつける者ばかり。
私は今、バッドエンドの危機にある。
この先に待つのは――死のみ。
焦った私はどこで間違えたのかと、必死に頭をめぐらせる。
◇◆◇
自分が悪役令嬢に生まれ変わったと知ったのは、わずか七歳のこと。
その日、私――ヴィオネッタは、茜色の空を悠々と飛ぶドラゴンをたまたま目撃した。
「綺麗……」
「お嬢様、じっくり見てはなりません。あれは異界の生き物です」
「異界? それなら、ここだって異界じゃない」
その瞬間、自分の言葉にハッとする。
――待って。ここ、乙女ゲームの世界だわ!
ヴィオネッタ・トリアーレという自分の名前や、雨上がりの水たまりに映った特徴的な青い髪と緑の瞳。建物や背景も、前世で嵌まった『カルナヴァル・ロマンス』通称『カルロマ』というゲームにそっくりだ。
「なんてこと! わたし、悪役令嬢なのね」
途端に血の気が引いていく。
「このゲーム、悪役令嬢の逃げ場がないっ」
突然泣き出す私を前に、侍女が困った顔をする。
「ヴィオネッタは、ヒロインがどの攻略対象を選んでも死んでしまう。ヒロインがみんなと仲良くなるお友達エンドでも、死亡してしまうのよ」
「……お嬢様?」
私はその日の夜から、高い熱を出す。
そのため、昼間のあれはただのうわごとだったと、あっさり片付けられた。
ただでさえ、今世の両親は自分のことが最優先で、我が子に全く興味がない。
ところが、当事者の私は切実だ。
ヒロインのハッピーエンドは、悪役令嬢にとってのバッドエンド。
前世で遊んでいた時には笑い飛ばしていたものが、今は全く笑えない。
「確かに『ざまあ』って思ったよ? でもそれが、自分の身に起こるなんて……」
ピンクブロンドに青い瞳が特徴のヒロイン、ピピはすこぶる美少女で、とにかく性格がいい。
片や私は悪役令嬢。
侯爵令嬢ヴィオネッタ・トリアーレは美人でスタイルもいいけれど、性格がかなりねじ曲がっている。
でもここは、ゲームのスタートよりずっと前の世界。
それならまだ、間に合うはずだ。
「死亡ルートを回避するなら、悪役令嬢どころかヒロインに会わなければいい。あと、見た目もガンガン変えるわよ!」
翌日から早速実行。
食べる量を倍以上に増やし、甘いものだって我慢しない。
運動せずにゴロゴロしたり、ダンスもさぼってだらだらしたり。
友人という名の取り巻きも、もちろん作らない。
王子とも婚約しないと駄々をこね、社交行事も片っ端から欠席した。
そんなふうに頑張ったにも拘わらず、王子との婚約が成立してしまったのだ。
「お父様、なぜですか? わたくしは、きちんとお断り申し上げたはずです」
「ふん。お前ごときの意見を、聞き入れるとでも思ったのか? それにこれは、我が一族のためでもある」
「待ってください。エミリオ殿下だって、太った女性はお嫌いでしょう」
「好き嫌いなど関係ない。嫌うなら、側室を置けば済むことだ」
「側室……」
いいえ。第一王子のエミリオ様は、側室なんて作らない。
彼が心を捧げるのは、ヒロインだけ。
このままだとゲームの筋書き通り、私が二人の邪魔となる。いえ、ヒロインが誰を選ぶにしても、私は彼女と会うべきではない。
そのため、ゲームのスタートを飾るカルナヴァル(カーニバル)の夜も、会場に着いて早々帰宅したいと願い出た。
「食べ過ぎて、気分が悪いんです」
「それはいけない。別室で横になれば……」
「いいえ。ご迷惑にならないよう、自宅に戻りますね。殿下はぜひ、こちらで楽しんでくださいませ」
「そう、それは残念だ」
ちっとも残念そうじゃない表情で、婚約者の王子が胸を撫で下ろした。
考えてみれば、彼も望まない婚約の犠牲者だ。
だったら邪魔者は退場するので、ヒロインとの交流を思う存分深めればいい。
折を見て自ら身を引けば、私は自由!
以降も悪役令嬢とならないよう、細心の注意を払う。
城でヒロインを見かけた時には、反対方向へ猛ダッシュ。
身体が結構重いので、走っていても競歩だけれど。
ヒロインの悪口は聞かないようにして、彼女を貶める噂話にも加担しない。
婚約者の王子とも最低限の接触で、呼ばれない限り城には行かないようにした。
その結果、ヒロインとの繋がりはきっぱり断てた。体型も、ゲームのほっそりした悪役令嬢らしからぬ、見事なぽっちゃりへ。
「あとは、婚約を解消するだけね」
命が助かるなら、なんだってする。
ゲームが終わる十八歳までは間があるし、なんなら私から申し出てもいい。
それなのに、十年後の今日――。
十七歳の私は、ゲームの時期より早くに断罪されていた。