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魔女になりたいのになれない私はどうすればいいのか?  作者: 暇したい猫(桜)
魔女になりたいのになれない私はどうすればいいのか?
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プロローグ 5 十八歳になるユウとその妹の日常


 私は紙袋を両手で抱えたまま扉を開けた。


「ただいま帰りましたよ」


 日中。

 まだ高く昇る太陽がさんさんと照っている。その光を浴びて部屋は明るく輝いている。隅々まで敷かれた観葉植物たちが主の帰還を喜んでいる様に思えた。


 ――久々の自宅帰りだ。


 トコトコと居間まで上がり、紙袋をテーブルに置いた。ゴトンと重い音が響く。続いて水色の三角帽とトレンチコートを椅子に掛けると、黒髪の三つ編みを揺らしながら一つ一つ植物の状態をチェックしていった。葉の色に異常はない。葉が垂れ下がっている様子もない。水受けには朝方水やりをした形跡がある。


 ――うん、私の妹はきちんと世話をしてくれているみたいだ。


 私の妹、アイは今頃学校で勉強中かしら。「ユウ、ユウ」と私を呼ぶ子の顔が――実際には照れ隠そうとそっぽを向くが、脳裏をよぎり、思わず頬が吊りあがった。

 元気に育ってくれてよかった。


 ――私は観葉植物と同じように我が妹を愛している。


 数秒立ちつくした。

 これだけでも観葉植物は私の黒い感情を白く塗りつぶしてくれる。


「って、いけない。ご飯作ってあげないと」


 ふと我に返る。

 いつもアイには植物の世話や家事など、いろいろとまかせっきりだ。なお且つ、毎日独りにさせている。依頼対応のためとはいえ、少なからず良心は疼いていた。そこで月に一度の休日ぐらいは、せめてものお詫びとして夕食を作り一緒に食べようと決めていた。


 テーブルに置かれた紙袋に手を突っ込む。

 ニンジン、スープの素、隠し味にリンゴ、そして最奥に詰め込まれていたかぼちゃを取り出す。それらを持って厨房へ。献立はかぼちゃスープだ。

 かぼちゃは特に好きでも嫌いでもない。ただ、アイはかぼちゃが大の好物だ。本人に確認は取ってないが、小さい頃からいつも食べていた。嫌いではないだろう。

 カンカン、トントン、と軽快な音が厨房を奏でる。あれよあれよという間にニンジンとかぼちゃが刻まれ、ミキサーと呼ばれる粉砕機に入れられる。作動。ペースト状になった物を鍋に入れ、火にかけ、スープの素と塩、隠し味にリンゴの果汁で味付けすれば、かぼちゃスープの完成だ。


 ――さて次はサラダを作って、メインの料理は……


 コンコン。壁をつつく異質な雑音が聞こえた。


「…………」


 ため息を噛み砕き、居間を覗く。

 烏だ。窓の向こうに黒い烏が停まっている。重要依頼を配達する伝書烏だった。足首に手紙が添えられている。内密で済ませたい案件などはこうして動物に運ばせることが多い。


 ――今日は依頼持ち込まないで、と言ったはずだけど。


 肩を竦ませながら、全ての調理器具を止め、黒い鳥に駆け寄り居間の窓を開けた。窓の柵に停まるその鳥から手紙を抜き取る。手紙にはこう書いてあった。


 ――『あなたに相談したきことあり。至急、魔法育成学校・校長室までおいでくださいませ』


 今度こそため息をついた。

 水色の三角帽とトレンチコートを再び身につけ玄関へと足を運ばせた。重い足取りだった。


     ◇


「…………」


 夕陽が沈みかけていた。ちょうど西向きに作られた魔女育成学校・校長室は紅く染まっていた。


 ――相変わらず単調な部屋。


 十坪ある部屋にあるのはたった二つ。校長用の立派な作業机と椅子だけ。その椅子に深々と座る陰が一つ、反対の壁に寄り掛かる自分の陰が一つ。紅い空間にぬっと暗闇が這い寄る。


「久しぶりだわ。元気にしていたかしら?」

「前置きはいらないから、用件だけ言って」


 私はあの女の顔は見ない。見たくない。椅子に腰かける女――魔法育成学校の校長は椅子に体重をかけながら腕を組んだ。


「まぁ、そう言わないで。あなたの妹はもう少し可愛げがありますわよ」


 挑発には乗らない。乗っても意味がない。

 彼女は自分以外の意見を受け入れない……いや、違う。あの女は他が見えていないのだ。最初から存在していない、世界にないものと考えている。


「……わたくしのこと考えていたわね」

「…………!?」


 眉が一瞬だけ吊りあがる。たったそれだけ……それだけであの女は気付く。


「また、わたくしの悪口ね。いい加減にしてくれるかしら。悪いのはあなた。あなたが親の責務を果たしていないから、わたくしが親切に面倒みているのでしょう」


 ――だから、おまえは嫌いだ。


 ぐぅの音も出ない。彼女の意見は正論なのだ。正論過ぎて他の意見をことごとく潰す。

 女の口から発せられる言葉には力がある。その力で女は相手を屠り、服従させ、『校長』の地位を手に入れた。


「……そうね、その通りだわ。わざわざ注意してくれてありがとう」


 せめてもの抵抗に無感情のまま、ただ言葉を並べた。しかし、女はお構いなしに私の心中へズカズカ入ってくる。


「もう……そんな嫌な顔なさらなくてもいいでしょう。わたくしたちは仲間なのだから」

「…………」

「もっと仲良くしましょう。アイさんを立派に育てるためにも――」


 言葉が途切れた。女の陰に鋭い影が突き立てられている。


「人質にとったくせに、何言っているの……」


 私は断言した。水色のトレンチコートから伸びた手は“水”を掴んでいた。


「さすがね、杖なしでも魔法を発動できるのはあなたぐらいだわ。でも水でわたくしの喉を切れるのかしら」

「切れるわ、水も速く動かせば刃になる」

「でも、わたくしは切れない。切ればあなたは罪人として妹と離ればなれになる」

「…………」


 突如、“水”は霧散した。コートを翻し、扉に歩み寄る。これ以上校長室にいると自分の狂気が目覚めてしまいそうだ。


「お待ちになって。その機械国が活発になっているわ。スパイが送られた、という情報を掴んだの。その処理を頼むわ」


 私は何も言わず、何も考えず、無感情のまま部屋を出た。

 それでも椅子に踏ん反りかえったあの女は、了承した意を汲み取って笑った。


     ◇


 再び家のドアを開ける。日はもう落ち、深い闇が街を這いまわっている。


「グゥゥゥ…………んぅう……」


 帰ると居間に寝息を立てている私の妹がいた。座ったままテーブルに倒れ込んでいる。アンティーク物によだれが落ちているが……ま、そこは許そうではないか。


「かわいい寝顔見せちゃって……この、グリグリ」


 妹のほっぺに人差指を捻じ込める。桜色のサイドテールが尻尾のように揺れ「ううぅ」と呻きをあげる。しかし、起きない。熟睡しているようだ。


「まったく、しょうがないわね」


 寝室から毛布を取り出し、アイの肩にかけた。心なしか顔が緩んだ気がする。続いて、水色の三角帽とトレンチコートを脱ぎ捨て、厨房を覗いた。


 ――結局、かぼちゃのスープしか作れなかった。


 きちんと作りたかったのに、と思いながら鍋のふたを開ける。


「あっ」


 量が減っている。妹が食べてくれている。嬉しい。

 こんなに頬がほころんだのはいつぶりだろう。アイがいてくれるだけで、疲れ切った私の心に感情が戻ってくる。忘れかけていた喜怒哀楽が甦る。私が私のままでいられる。自然と笑顔が浮き出ていた。

 私は妹を愛している。嫌いな魔女になっても、校長に従うことになっても、私はアイを守ってみせる。



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